プスプス | 昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

プスプス……

プスプス……

穴をあけてゆく。

 

あなたたちから今までに届いた年賀状。

数年ぶんある。もうかなりの枚数だ。

ぼくはそれらをすべてひっぱりだして、目の前に並べた。

 

プスプス……

プスプス……

 

「あけましておめでとうございます」と大きく楷書で印刷された文字。

その文字の下ではあなたたちの子供たちがこちらに向かって

微笑んでいる写真がプリントされている。

 

幸せそうな家族の一場面。

愛の結晶の成長具合の丁寧なご報告。

 

 

そんなこと伝えてくれなんて誰が頼んだ?

ぼくは頼んでいないんだけど――。

 

 

プスプス……

プスプス……

 

ぼくは部屋でひとり、画びょうで穴をあけてゆく作業に静かに没頭し続ける。

 

年賀状の中で幸せそうに微笑んでいる子供たち。

 

その子たちのつぶらな黒い瞳のところを、ひとつも残さずに

手にしている錆びた画びょうの針の先でプスプスと刺してつぶしてゆく。

 

写真の中の子供たちの無邪気な瞳はつぶされてただの不気味な空洞に変わってゆく。

ぼくは心に小さな虚しさを、そして背筋に大きな快感を同時に感じている。

 

他人の辛さを見る目を持たないあなたちから生まれた子供に、

明るい未来を見つめる目なんて必要ないのだから。

 

遺産も罪も同様に―― 

親から子へと引き継がれるのだから。

 

 

プスプス……

プスプス……

 

ブスリ。

おっと、間違ってついつい自分の指を刺してしまった。

 

気をとりなおして、また次の1枚。

プスプス……

 

毎日のように更新されるあなたのSNS。

満面の笑みを浮かべている親子の幸せな2ショット画像。

 

きみが傷つけたり侮辱してきた人たちも、みんな誰かの子供。

 

他人の子供への愛情の注ぎ方はしらないくせに、自分の子供にたいしてだけは

しっかりと愛情を注いでいるようだね。

 

興味ない他人の話はまったく聞かないくせに、愛する自分の子供の成長

過程だけは電子の普及や新年挨拶のどさくさに紛れて、強制的に報告してくるんだね。

 

プスプス……

プスプス……

 

刺した画びょうをグリグリ広げて、きみの子供の写真の目は特別に思いきり

大きくえぐっておいてあげたよ。

プス!

 

「人の気持ちをすこしは考えなさいよ」って口癖のようにいつもいってた彼女。

ぼくが子供嫌いかもしれないっていう可能性をまったく考えずに毎年一方的に

自分の子供が遊んでいるところをプリントした年賀状を送ってくる。

 

今まで届いたその年賀状をひっぱりだして数えてみたら9枚もあった。

これはちょっと大変だ。

 

プスプス……

プスプス……

プスプス……

プスプス……

プスプス……

プスプス……

プスプス……

プスプス……

プスプス……

 

ふう、

9年ぶん、すべてあけおわった。

 

しかし、ぼくはこれから毎年、

能天気で鈍感で罪の意識の欠片さえも感じず生きている人たちから

一方的な幸福の便りを新年受け取って、こんなあてつけのような儀式を

延々と繰り返さないといけないのだろうか。

 

……

 

ああ、だんだん嫌になってきた。

 

写真の中の子供たちの目をつぶしても、現実はなにも変わらないのは誰よりも

ぼくがしっている。

 

もう、いっそ、ぼく自身が自分の目をつぶしてしまえば、他人の幸福も、世の中の

汚いモノも、もう二度と見ないで済むのかもしれない。

 

そうだ。それがいい。

 

ぼくはつまんでいた画びょうを、右手の人差し指の腹の上にそっと乗せた。

空いている左手の人差し指と親指で左目をカッと見開かせたら、

画びょうを持った指をゆっくり、画びょうを落とさないよう、コンタクトレンズを運ぶよう

にして左の眼球へと運んだ。

 

 

画びょうの先端を眼球の表面に触れさせるとチクリと冷たい点が感じられた。

 

ためらいは恐怖を倍増させることになる。

ぼくは指に力をいれて、その画びょうを自分の眼球に一気に押し込んだ。

ボタンを押すようにして――

 

ぷしゅり。

擬音で表せばそんな感覚が画びょうを持つ指に伝わった気がした。

尖った針の先端がピンと張った薄い水の膜を突き刺して破裂させ、水分が

あふれでるような感覚だった、

 

瞬間、ぼくの左目からは完全に世界が消え、そして闇がやってきた。

目の周辺が焼けるように熱い。

 

ポタポタ……

ポタポタ……

 

まだ世界を映しているままの残った右目には赤い液体が落下してゆくのが映った。

ぼくの左目があった場所から落ちてゆく滴は畳に落ちて弾け、そこに次々と

赤黒い花を咲かせていった。

 

 

ポタポタ……

ポタポタ……

 

さあ、今度は左目からもそこに映る世界を消さないといけない……

 

ぷしゅり。

 

 

ポタポタ……

ポタポタ……

ポタポタ……

ポタポタ……

 

ぼくの左目からポタポタ流れていたものは真っ赤な血だった。

今、右目から流れているのはもしかしたら血じゃないのかもしれない。

 

 

だって、ぼくはぼくから流れているその液体が何色なのか

しることができないのだから……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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