シコースキーは先発に回るのか | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

前に並んでいる若いカップルが会話で盛り上がっている。2人ともまだ10代だろう。

8時を過ぎたJR新宿駅中央線下りのホームはまるで超大盛りの丼のように人が溢れていて

今にも数人が丼のフチから・・・いやホームの端からこぼれ落ちそうだ。冬の冷気に反比例するようにホームにはなんとも気持ちの悪い酒臭い熱気がモワモワと溢れている。


聞きたくもないのに前の若いカップルの会話が必然的に耳に入ってくる。

今騒がれている人気のダンスグループの中で誰が一番イケてるかを無邪気に言い合って

いるようだ。


あらゆるライブ映像をテレビで見ていても、アーティストのいるステージに一歩でも近づこうと前へ前へ押し寄せる聴衆の群れは、まるで湘南の汚い砂浜の波打ち際に打ち上げられたアブクまみれのゴミのようで見るに耐えない。


これだけの人数がひしめきあってるのに、カップルはまるでその空間に自分達しかいないように

まるでドーム型のバリアを張ったように2人の世界で盛り上がっている。


ダンスグループのメンバーらしき個人名が出てきているが、聞いたことがない。

そんな名前知らない。

納豆と漬物が似合う日本人にアルファベット表記での下の名前だけの芸名はアンバランスだ。


そんな名前を聞いただけで廉価版の匂いがプンプンするよくわからんダンサーよりも
オレには今もっと気になることがある。



ブライアン・シコ―スキー。

2011年まで西武ライオンズで活躍していた助っ人ピッチャーだ。

その年で一旦解雇されたが、入団テストに合格し、今年再びライオンズに復帰する。

そんな彼はかつては抑えで守護神であったが監督案で今度は先発に回るかもしれないとか。

そうなると守護神は同じく新加入のサファテになるのだろうか?

シコ―スキーは先発に回るのだろうか?オレが気になるのはそれだけである。



オレの前ではカップルが盛り上がっているが、すぐ後ろでは一人で並んでいる色黒で白髪の

サラリーマンが酔っ払って口の中でチュパチュパと粘着性のある不快な音を鳴らしながら、

愚痴であろう独りごとをブツブツ言っている。会社で部下に対する行動がパワハラとされ、

それに文句言ってるような内容だ。人を見かけで判断するつもりはない。

だが、その顔つきと容貌はパワハラ、セクハラを生業として生きているような下品な雰囲気を

にじみ出していた。

うるせえよオッサン。愚痴と説教は家に帰ってからネコにでも言ってろ・・・


どこの誰だが知らないオッサンが訴えられようが、なかろうがオレには興味ない。

オレが今、気になることはひとつだけ・・・そう、


「シコ―スキーは先発に回るのだろうか・・・?」


やはりそれだけが気になってしょうがない。




電車を待つ間、向かいのホーム後方に建つビルの最上階に付けられた電光掲示板が

どうしても視界に入る。ブラックとオレンジが無機質にチカチカと煌めく天気予報が表示される。

「明日は晴・・・明後日は曇り時々雨」

何故だか人は雨天を憎む。

この地球において雨がどれだけ重要かを知っているのだろうか。

小学校の時、理科で習ったはずだろう?

1日運動会が中止になったってグラウンドは逃げないのだ。

1日遠足が中止になったって山は逃げないのだ。

延期すればいいだけだ。何をそんなに急ぐのだ?


まあオレにはそんなことも、もうどうでもいいし、明日の天気もどうでもいい。

それよりも気になること・・・


「シコ―スキーは先発に回るのだろうか?」

                            


駅の天井に取り付けられた音の割れたスピーカーから流れる機械的な女の声のアナウンス。

四谷方面からシルバーとオレンジの鉄の塊がホームに滑りこんでくる。

オレは前に並んでるカップルを横に押しのけ歩き出す。


男のほうが舌打ちし何やら言っていたが無視してそのまま歩きホームの先端まで来た。

世の中はオレから栄養を吸い取るだけ吸い取って、全てを吸い上げたらゴミのように捨てる。

それはまるですべて吸いつくした後のウィルダーインゼリーの空きパックをポイ捨てするように。


そう、これは‘逃げ’ではない。身を賭した‘抗議’だ。オレは自分に何度もそう言い聞かす。

左方面には猛スピードで滑りこんでくる鉄の塊の先頭がもう、数メートル先まで来てる。



さあ、飛ぶんだオレ。旅立つんだオレ。


オレの両足がホームから離れ、前方の宙に浮いた瞬間、女の悲鳴が聞こえた気がした。

おそらく前にいたカップルの女のほうの声だろう。




-アナウンスー

JR中央線ご利用のお客様にご連絡を・・・・ただいま当駅構内にて人身事故が発生し・・・

この電車もしばらく運転を・・・』



「オレ」は今、鉄の塊の下にいる。

いや、正確に言えば「オレの首」は鉄の塊の下にいる。


そして横には深紅に染まった車輪が見える。間に合うはずもないのに掛けられた急ブレーキの

余韻とも言える「線路」と「鋼鉄の車輪」の摩擦の匂いがまだかすかに漂い鼻孔を擽る。


オレの目の前から数メートル先に落ちているマネキンの腕のようなモノは

かつて「オレの腕」だったものだろう。


その横に落ちているのは「オレの右足」か。「左足」はどこにいったんだろう。

線路外にハジきとばされたか?


不思議な感覚だ。ついさっきまで自分の一部だったものが、ひとたび体から離れると、

それはもう単なる肉塊にしか見えない。


警察と消防の人間が目が醒めるくらい青いシートを持ってバタバタ走り回り、

オレの周りにシートを張り巡らしてる。


遠くのほうからは次から次へとサイレンの音が、ひとつまたひとつと増えて、

オレのいる場所のほうへ集まってくる。

サイレンと野次馬の声ほど新宿にしっくりくるBGMはない。


警察の人間か消防の人間かわからないが、銀色に光る防護服みたいなものを纏って

マスクをつけた人間が、数メートル先の「オレの腕」をしかめっ面で手袋ごしに掴み、ビニールに

入れるのが見える。


今は「塊」になってしまったが数分前までは人間の・・・というか「オレ」だったんだ。

イヤそうな顔して触ってるんじゃねえよ、糞野郎が。




つまりオレは死んだ。



もう何もしなくていいし、なにも出来ない。

オレのニュースはテレビで報道されるだろうか・・・

安倍晋三に話題を食われたりしないだろうか・・・

橋下徹の発言にネタをガバっと持っていかれないだろうか…

日本は今後どうなるのだろうか・・・


出来ればオレの事件をひとつの個の消滅として、

社会への警鐘として報道してほしい気持ちはある。


でもそれは自惚れというものだろう。

オレひとりの犠牲で世の中が変わるなんて思っちゃいけないのだよ。


オレはもうニュースを見ることが出来ないから動向はわからない。


だけど・・・

もう、そんなことはどうでもいいんだ。世の中のことなんて。

周りが悲しもうが、あとの世代が苦しもうが、日本経済が衰退しようが・・・




でも、どうしてもひとつだけ最後に気になることがある・・・ 誰か教えてくれ・・・


・・・

・・・


「シコ―スキーは先発に回るのだろうか・・・?」



この物語は短編自作ノワールシリーズ用に書き下ろしたものです。