私が愛した四万温泉③ | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

「ひとには教えたくない温泉があります」 四万温泉キャッチコピィより


一旦部屋に戻り少し休んだあと、オレはタオルを持って楽しみにしてた露天に向かった。

露天に行くには廊下つきあたりの専用口のドアを出る。

夕暮れの中にカンカンと音を響かせながら鉄製階段を下りて川沿いまで降りると風呂がある。


質素な脱衣スぺエスで浴衣をハラリと脱ぎ右足から露天に入る。


昭和80年代クロニクル-つばたや露天
(未公開画像)

温度は少しぬるめと言ったところであろうか。

寝そべるように首まで浸かり、視線を水平にするとまるで目の前の四万川に浸かっている

ような錯覚にハマることが出来る。川の中が温泉の場所といえば尻焼温泉がある。

訪れたことはないがこんな感じなのだろうかと想像した。


目を瞑り、湯に浸かってるうちにだんだん躰が温まり気持ちがよくなってきた。

この露天には温泉の温かさだけでなく、お客に最高のサアビスをするために手作りしたという

ご主人のぬくもりも感じられる。


蒼空の下、澄んだ清流を目の前に自然に囲まれた風呂に入る新鮮な感動は、それはもう、

一言では表現しきれない・・・ その状況による感動はオレの自律神経と理性を心地良く破壊した・・。


気が付いたらオレは泣いていた・・・

東京でのイヤなことを洗い流すかのように・・・

まるで心の中で凍てつき固まってしまった憎しみの氷が温泉の熱で溶け、水となり泪となり

目から溢れてくるようであった。


どこかの哲学者が「笑ったり喜んだりするのが快楽なら泣くのも快楽だろう」と言っていたのを

思い出した。群衆の中では誰もが「男」だとか「オトナ」だとかいう理念にとり憑かれ、泣いたり

怒ったりすることをためらう。

でもオレたちワタシたちは「オトナ」「男女」である前に人間である。感情というものを持った。

そう思うとスッと楽になった。


「オレ達の体は水で出来ている。みんな涙の予備軍さ、泣きたいなら泣けばいい」‐叫ぶ詩人の会-


‘ここは都会ではない、四万だ・・・・今日くらいは・・・’

そう思い、その時だけオレは理性や自己に対するプライドを捨て、湯に浸かりながら

解放した感情と精神を四万のおおらかな空間に委ねた。

自然の中で泣くことがこんなにも気持ちいいことだとは知らなかった・・・



六十分ばかり露天を満喫したあと部屋に戻るとご主人が夕飯を部屋に運んできてくれた。


昭和80年代クロニクル-つばたや食事
(未公開画像)


ただでさえ七千円台と格安な料金の中、女将さんが一生懸命やりくりして出してくれる手作り料理。

手書きで「ソース」「しょうゆ」と書かれた容器のリアリズムさがまた素敵だ。

お櫃の中のゴハンが多いのも男1人客にむけた家族経営宿ならではのサアビスだろう。嬉しい。

すべての料理が温かく美味かった。


ひとり旅自体が初なんで、当然、宿にて1人食という状況も初だ。

最初は食べてる時に寂しくならないか不安であった。今までは友人との旅が多く、皆で食べてたから。

だがその心配は無用であった。1人なだけに料理の味や創りに集中することが出来てよく味わえた。

旅先にて1人でメシを喰うというシチュエイションもまた新鮮で感動であった。

食べてる途中、急に塩分が濃くなったような気がした。

でもそれは料理の味付けの問題ではなく口に流れて入った泪のしょっぱさだった。

気がつくとオレはまた泣いていた・・・・・

もうだめだ、完全に四万と宿の温かい雰囲気にやられてしまったようだ。

泪を拭いもせず只管オレはゴハンを口にかきこんでいた。


食事後、もう1度風呂に入り、部屋に戻ったら躰がアルコオルを欲したのでロビィにて「金麦」を買う。

その後は窓辺で小一時間、読書をした。

四万川の川面からの風がいたずらに頬を撫でてくる。


活字を追ってるうちに瞼が鉛のようになってきたにので床につくことにした。

旅館独特の「押入れの匂い」がしみ込んだ布団につつまれて横になる。

この匂いは嫌いじゃない、むしろ愛しいくらい好きだ。


意識が遠のいてきて、記憶が途切れた。

歩きまわりお湯にも浸かり疲れていたんだろう。熟睡であった。

夢は見なかった。自宅ではみたあの悪夢も・・・。

たちの悪い悪夢もこの四万という結界の中までは追ってこれなかったようだ。


ひとは眠る、街も眠る。

四万の街全体にも夜の闇という黒く巨大な掛け布団が被さった。



オレは翌日、東京へ帰る。



次回

『私が愛した四万温泉・最終回』

に続く