ひとり呑みの流儀 | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

「おひとりさま焼肉」に続いて「おひとりさまカラオケ」が出現したようですね。

歌苦手な人は忘年会とかに向けて気兼ねなく練習とか出来るから存在は

いいことだと思いやす。


おひとりさまというのが苦手な人もいるようだけど「人生」そのものがおひとりさまですよ。

この世に生まれる時もひとりでスポンと生まれてきて、死ぬ時もひとりで死ぬ。

(双子で生まれてくる場合もあるけど)


カラオケとかでも機械操作が分からなかったら店員呼んで助けてもらいますよね。

人生もそうでしょう、困った時は周りに助けてもらう。でも自分の人生のプレイヤーは

基本自分だけなのでR.


最終的におひとりで棺桶に入る時の予行練習として世間のおひとりさまを経験して

おくのもEかもしれない。


女性の方とかは中々ひとりでラーメン屋とか牛丼屋とか入れないっていいますよね。

オレとかは逆にひとりでラーメン屋とか入っているLADYを観ると「気取ってなくてカッコE!」

と思うんだけど。そりゃあ、いくら気取らないって言っても思い切りバキュームみたく

ラーメン啜りながら、ジュバジュバジュバっと汁をまきちらし、口に入ってないほうのラーメンの

端が蛇口全開にして暴れまくってるホースの先みたいになる喰い方してたらヤダけどさ。

フツ―に喰ってる分にはイカスぜ!とマジで思います。


そうすねえ・・・おひとりさまと言えば、オレもまだやったことないのが「ひとり呑み」

自宅ではあるけど。外の呑みですね。


雰囲気ある店で独りで飲んだりしたいんだけど、どうも踏み切れない上に貧乏なんで

結局いつも友人と一緒で 「チェリー・マリン・プロダクツ軍」か「フィッシュピープル軍」の

従軍になってしまう。簡単に言えば「さくら水産」や「魚民」の常連・・・。


できれば風情と情緒あるいかにもってカンジのおひとり通いできる行きつけの店が

欲しいとこなんだけど。


でも、そういうとこに1人で通うにも、やっぱ流れとか前提ってもんがあると思う。

隣に座っている人や店主と親しくなり話すとか。

オレもたまに隣の席の人や店員と世間話をして盛り上がることはあるけど

それは結果的なものであって、オレがそれを目的にしてたワケじゃないんすよ。

たまたまキッカケがあって向こうから話かけてくれたとか。

だから、それ考えるとhitomiのHIP・・・いや、ひとみしりのオレはまだまだ1人で

そういう場所に通う資格はないのかもしれない。


オレが死んだ時に、友人が「アイツがよくここのカウンターで飲んでたんだよ」って

人に言えるような店があったらいいなと思う。


初心者向けは吉祥寺の「いせや」とかなんだろうか。

先日、友人と吉祥寺行った時にちょっと入ってみたかったんだが思いきれなかった。

2人だったのに。あの店もいい雰囲気だしてますよね。1回行ってみたい。

飲み屋カンケイ紹介の雑誌ではほとんどに紹介されてる。

かつてはフォーク界の神のひとり高田渡センセイもよく来ていたとなぎらサンが書いていた。

夕べもここにいた!―なぎら健壱の東京居酒屋/なぎら 健壱
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なぎらサンもあの程良いファジーなノンべエ感がいいすよねえ。


藤原竜也が尊敬する吉田類サンもほんと多くの人情酒場に行かれてるみたいで

ウチの地元のほうの店にも来たみたい。


吉田類の酒場放浪記/著者不明
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嗚呼、オレもはやく「ひとり呑みのライセンス」を取得したい。



あとね、最近よく「昔ながらの横丁的な飲み屋」が絶滅しかけてるとか言われて

それを残念だとかいうコトバを耳にするじゃないですか。


それ、出来る限り言わないようにしようかと思って。


たしかに減ってはいるんですよ。

でも店を営んでる大将やおかみサンは決して店をもうやめたいとかは思ってないと

思うのね。

当然自分の店に愛情があるから出来る限り経営していきたいハズなんです。


でも当然、客足が遠のいたり赤字になれば店はたたまざるおえないワケです。

売上の問題でなく土地開発で立ちのきとかのケースもあるけど。


普段からそういう店が減るのは寂しい寂しいとか言っておきながら

じゃあ、オマエはそういう店に週数回とか通って経営を支えてたのかと言われたら

それほどしてきてないんですよ。だから言う資格はないかと。個人意見だが。

なんだかんだで安い店やチェーン店メインだったからねえ。


レトロな呑み屋って別に特殊な場所でもプレミアムな場所でもなんでもないんすよ。

本来誰もが気軽に通える身近な場所だったハズ。

でも、それが逆に貴重な場所として扱われたり取り上げられたりしてしまうのは

悲しいかな現代のデジタル化や多角化や近代化がもたらす弊害でしょうかね・・


歴史ある呑み屋は呑み屋で減っている・・少しずつ少しずつ。

でも店の人はずっとお店をやっていきたいハズ。


最近フッと思った。


本当に絶滅しかけているのは『昔ながらの呑み屋』のほうではなく

そういうところに行くべき社会人の『時間と余裕』のほうではないだろうか?

人の流れが減ってるから店も減ってくる比例が起きてるような気がする。



うわ、今、オレいいこといったんじゃないか!?


どうです????田原総一郎サン。