土曜日クスコのアルマス広場の虹色の旗が半旗となった。
かつて2003年、コパ・スダメリカーナ決勝でリバープレートに勝って優勝、2004年レコパで簿か・銃にオールを破ったシエンシアのを率いたフレディ・テルネーロが腎臓がんで亡くなったのだ。
テルネーロはリマ出身。通常、クスコ出身の重要な人物やペルーの大統領の死去でもないかぎり、クスコの旗が半期となることはない。にもかわかわらず、一サッカー監督の死をクスコ中が悼んだとは彼がクスコ市民に与えた喜びがあまりにも大きかったからだ。
52歳だった。
現役時代は主にウニベルシタリオで活躍したが、コーチ、監督としてはいろいろなチームを渡り歩いたが、その最大の功績はクスコのシエンシアノ時代に見られる。
当時シエンシアノは2001年のリベルタドーレス杯で決勝トーナメント1回戦まで進んだ以外は、南米レベルでは無名のチームで、戦力も他チームを解雇されたロートル選手の集まりであった。しかし、そのチームをスダメリカーノ杯で優勝させ、レコパで当時世界最強といわれたボカ・ジュニオールに勝たせた手腕は高く評価され、ペルーサッカー史上、クラブチームとしては唯一の国際トーナメントタイトルを獲得した監督として10年以上たった今も語り草になっている。
ボカ・ジュニオールを破ったあと、クスコに凱旋したチームを向かえるクスコ市民の波は空港からアルマス広場までの5kmの道を埋め尽くした。
その後、テルネーロはペルー代表監督を一年務め、キリン杯で優勝。
政界に移ったあとは、2007年から14年まで2期、8年間、リマのサン・マルティン・デ・ポーレス区長を努めた。
しかし、栄光の2003年、2004年のシエンシアノ関係者が事故にあったり、病気にあったりしているのが目立つ・・。
選手だったフリオ・ガルシアは交通事故に合い、車椅子生活、またフアン・カルロス・バサラル(写真向かって左)は胃がんで治療を受けた(現在は回復)。
セニョール・デ・ワンカのご利益も利かないのかな・・。
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