20日、21日、22日と著名な文化人類学者ホルヘ・フローレス・オチョア博士の関係のティンクイという文化人類学関係の講演会にいってきたのだが、
途中21日金曜日は国際フォークロアデーの講演会もあり、途中でこっちにいったり、あっちにいったりつまみ食いをした。会場が近かったし。
フォルクローレの講演会は特にわかりやすかった。
厳密な定義に基づくフォークロア定義をしていて、面白かった。また、国によって流派によってフォークロアの定義は違ってくるのだという指摘も面白かった。
そして、有名なバリーチャという歌のフォークロア性を否定した。
フォークロアであるべき、無作者性にあたらないというのだ。
ただ、このあたりに関して私は疑問で、ラテンアメリカで最初のフォークロア教師とされる、エフライン・モロテベストが1940年代から50年代にかけて考え出したフォークロアの定義を現代にも適用できるとは思えない。
識字率が高まっているし、昔は作者などを記録に残すことができなかった、楽譜をかけなかった時代と20世紀後半では違ってくる。
21世紀の今、ソーシャル・メディアで簡単に即興の踊りや音楽を録画でき、世界中に配信できる今、この定義は変化してもよいと思う。
リマでよくバリーチャと言う踊りを披露されているが、クスコにはそのような踊りは伝統的には存在しない。にもかかわらず、クスコの踊り紹介されてしまっている。
あれはティンタ地方のパラスという踊りをはじめ、さまざまな踊りを混合して作ったもの.
iframe
「「ブリサス・デ・ティティカカ」とかいうペーニャとやらでクスコの踊りとして、バリーチャを紹介して傷んだよ。ありえない!殴りこんでやろうかと思ったよ」
このあたりは私も疑問に思っていたので、その道の権威の人々がはっきりとバリーチャ否定発言をしてくれてなんだか、すっきりした。
「バリーチャの歌詞は階級意識と感じますね。上流階級の教師の下流の台所女の蔑視。作者の復讐心も見られます。」
ホルヘ・フローレス・オチョア博士。
そう、民俗音楽や舞踊のテーマの中にはセックスや女性蔑視が見られることもある。とてもじゃないけど、子供には見せられない、聞かせられないというのもある。もちろん、これは現代の感覚で、昔、田舎ではセックスが重要な関心事だったのでしようがないのだろうけど。
文化庁クスコ支局長を務めたダビッド・ウガルデなどを教え子にかこまれて、老齢の文化人類学者Demetrio Roca Wallparimachiが表彰される。
最後は乾杯。
甘いロゼワインだったけど、
これからピアノリサイタルへ行かないと・・
なんか忙しい。
にほんブログ村




