ブログネタ:行列ってどのくらい待てる? 参加中クスコの人間にコルプス・クリスティ祭りって何?
と訊くと
「聖人・聖母像の行進」と答えるだろう。
実際、観光ガイドをしていたある日本人が
そのように教えられたというこだった
本来このカトリックのお祭りで「キリストの聖体」をお祝いするもので、ミサのときに掲げられる聖体顕示台の行進がメインイベントとなる・・
というところから教えなおした。
しかし、クスコでは、スペイン人征服以前、
インカ時代にミイラを担いで行進をしていた習慣が残り、
各地区の聖人・聖母像の行進が混じるようになった。
スペイン人によってカトリック教がもたらされ、
コルプス・クリスティ祭りが始まり、聖人・聖母像の行進が始まったあとも、
聖母像のマントやドレスの下にミイラを隠して行進をしていた・・
という話もある。
あまり人は集まらない午前の本来のコルプス・クリスティのミサ。
MISA EN QUECHUA CORPUS CHRISITI 2015 por kayoko-sakaguchi
クスコ周辺では珍しくないが、スペイン語だけでなく、
一部、先住民の言語、ケチュア語でミサが行われている。
後ろにこの後の行進を待つ、聖人聖母像が大司教を見下ろすように立っている。
なんて異端何だろう。シンクレティズムといえば簡単だが、
植民地時代には異端尋問所はクスコにはなく、
先住民は異端尋問の対象にはなっていなかった。
しかし、よくこういうのを許したな。と思う。
聖人・聖母像にアンデスの慈母神、雷の神を見ている部分もある。
クスコ市民はコルプス・クリスティに
聖人・聖母像を見るためにアルマス広場にやってくる。
聖体顕示台ではない。
おらが地区の代表の聖人、またお気に入りの聖人に会うために。
15体の聖人・聖母像にはそれぞれ物語があって、
先頭を切るのはサンアントニオ・デ・アバド(アバドの聖アントニウス)。
同名の国立大学の学生が像を担ぐのが決まり。
聖人・聖女像のあと聖母像が行進する。
最後はカテドラルの主、無原罪の御宿りの聖母(カテドラルのリンダ)像。
しかしすべて聖人の行進のあと、
最後に無原罪の御宿りがカテドラルに到着するのを、
その夫と息子の像聖ヨゼフと幼子イエスの像(サン・ホセ・イ・ニーニョ)が
入り口前で待ちうけ、聖母がカテドラルに引き込んだ後、
ヨゼフと幼子イエスはカテドラルに入る。
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