指揮官ボログネシとそれ以下の仕官たちが
チリ軍と比較して圧倒的に少ない兵数とペルー側の支援がない中で
無残にも祖国の名誉のために散って行ったの姿を描いた映画、
「Gloria del Pacifico(太平洋の栄光)」を見た。
この戦いとボログネシやアルフォンソ・ウガルテなどの
士官たちに関する解釈は
私が立ち入るレベルでの話ではないので、踏み込まないが、
戦争映画としてみるとあまりにも戦場や兵士、
その近辺の町の描写に生々しさや緊張感が感じられなかった。
兵数の少なさや戦闘シーンの迫力のなさは製作予算の問題もあって、レ
ベルを上げられなかったのはしようがない。
しかし、ボログネシもウガルテも戦死するクライマックスの戦闘シーンで
前線にいる兵士の顔や
服があまりにもきれいなのには驚いた。
普段街中にいるような状態だ。
大砲や銃を撃ちながら泥や煤にまみれない兵士たち。
ありえるのだろうか?そんな美しい状態で最終的に指揮官たちも兵士も死んでいって・・。
戦争における恐怖や痛みを感じさせない描写。
なんて悠長な戦いだったのだろうか?これは映画製作上の問題だ。
日本のドラマだったら、桶狭間の戦いレベルでも足軽は汚く描かれるし、もっと緊張感のある生々しい描き方をされる。
ありえない描写にペルーにとって戦争は遠い存在なのだ、と思わざるを得なかった。
1941,1981,1995年のエクアドルの国境紛争を除けば、
ペルーが最後に大きな戦争をしたのが1880年。
戦争の記憶に乏しく、ひたすらに敗軍の将、
ミゲル・グラウやフランシスコ・ボログネシを英雄化し、
チリの悪行を憎むのが戦争体験を語ること。
戦争は繰り返してはいけないというようなメッセージは決して出てこない。
なんてうらやましい。
戦争に対する反省をすることもなく、すごしていている。
ふと日本を振り返ってみた。第二次大戦の終戦から今年で70年。
アメリカもイギリス、その他かつて連合軍だった国々、ドイツ、日本、イタリアといった枢軸国だった国々の国民もこの映画の戦闘シーンを見るとがっかりするだろう。
一方で勝ち目のない戦いを迎えるボログネシと兵士たちの姿に、
やはり1945年の日本の姿を思い起こした(当然私はまだ生まれていないが・・)
歴史年表を思い起こしながら、大政奉還が1867年で西南戦争が1877年。
チリ、ペルー、ボリビアの戦争は西南戦争の少しあとか・・。
日清戦争が1894年、日露戦争が1904年。第一次世界大戦に満州事変。
アメリカと違って70年間戦争をしていないとはいえ、
日本の戦争の記憶はまだ生々しく語られている。
1867年の大政奉還から第二次大戦敗戦まで78年。
敗戦から今年で70年。
1867年から敗戦までの78年は
終戦から現在までの70年と比べると期間的にはそう変わらないが、
歴史的発展から見ると、大変凝縮された期間だったのだろう。
おまけに戦争も・・。
アメリカはこの70年間何回戦争をしているのだろう。
戦争は二度と繰り返してはいけない・。
でも、あのときあの戦争がなかったら、
いまの日本は、アジアは世界は、どうなっていたのだろう・・。
映画を見ながらどうでもいい問いかけを繰り返した。
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