もともとはハングル能力検定1級に合格したときに次の目標にしていた文芸翻訳を学ぶため、2023年末から韓国文学翻訳院の「翻訳アカデミー」を受験すべく準備していました。
1次試験は日本語と韓国語で志望動機や研究計画に近い作文、2次試験は小説の一部をオンラインでリアルタイム翻訳、3次試験が面接でした。
2次試験まではこれまでの経験を活かして合格し、そのまま面接に臨みましたが、残念ながら面接で不合格になってしまいました。
2023年11月に文学翻訳院が翻訳アカデミーの広報と試験案内を兼ねたイベントを東京で開催したときに「今後は映像コンテンツ翻訳にも力を入れていきたい」と強調されていたので、文芸も映像も学べるならと応募しました。
ただ、私は普段から読書をあまりしないという根本的な部分での弱点があり、面接ではそこを見破られたと思います。
■きっかけ
翻訳アカデミー不合格から数か月は勉強する気になれず、悶々と過ごしていました。
そんななか、2024年度からボランティアで東京都の観光ガイドを始めました。
時間がある週末に都内の観光地で道案内などをしています。
学生時代からすっかり変わってしまった東京を知るきっかけにもなるし、軽い運動にもなるので楽しく活動しています。
その年の秋、ふと「そろそろ勉強を再開しようかな」と思い、将来的にプラスアルファにもできて以前からやってみたかった韓国の「観光通訳案内士」資格に挑戦することにしました。
実は2017年に受験しようと過去問を買ってJPT(日本語能力試験)を受けたものの、大阪転勤が重なって忙しくなり、ずっと保留状態でした。
試験の日程を調べてみると、7月に願書提出、9月に筆記試験、11月に面接とあり、1年かけて勉強するなら今から始めれば間に合いそうと思って準備に入りました。
■急がば「課金」
今回も課金です。
2009年度に日本の通訳案内士試験を受けたときはソウルの時事日本語学院で一部の授業だけ受講し、あとは自分で過去問を解いたりして対策しました。
そのときに調べた他の予備校の中に観光通訳案内士のコースを設けているところがあったのを思い出し、改めて調べてみると比較的実績がある予備校が2か所見つかりました。
11月の週末、その2校を実際に訪れて説明を聞いたりして、自分に合っていそうな「セジョン観光ガイド学院」に受講料を納めて勉強スタート!となりました。
■まずは筆記試験
12月の初めには前年度の観光国史(韓国史)の教科書が送られてきました。
予備校からは「国史は配点が他の科目の2倍で難易度も高いので早めに始めてください」とのことでした。
NAVERカフェに授業動画があり、それを観て2か月で国史だけ1周しました。
観光ガイドに求められる歴史である先史時代から朝鮮王朝後期までが主な試験範囲で、近現代は範囲が膨大な割に出題確率が低いので予備校ではちょっと後回しです(このツケが後で回ってきます)。
<2024国史教科書>
2月からは本格的に授業開始です。
筆記試験は国史の他に観光資源解説、観光法規、観光学概論の4科目です。
観光資源解説は地理や建築、文化、観光法規は韓国の観光に関する法律、観光学概論は観光学という学問としてのアプローチが出題範囲になります。
専攻外国語は外部の試験結果を提出します。
私はJPTを受けなおしました。
<2025教科書>
<JPT受験2回目>
筆記試験は各科目から25題ずつ、合計100問の4択問題です。
配点は国史だけ1問1.6点、その他は0.8点で4科目合計60点以上なら合格(1科目でも得点率40%未満なら足切り)です。
予備校では、平日(火木)クラスと週末(日)クラスでほぼ同じ内容の授業を毎週行います。
どちらを受講しても問題はないものの、週末クラスが先に開講して週末クラスが2か月後から開講して追いかけるスケジュールです。
全ての授業動画がカフェに残っているので何度でも授業を聞くことができるのはメリットです。
教室に行けば先生に直接質問することもできるし、オンライン受講ならわかりにくいところや板書が多い内容は一時停止や巻き戻しできるので、自分のペースで勉強できます。
私はほとんどの授業をアーカイブ動画で受講しました。
国史の授業は板書が多く、1回3時間の授業を途中で止めたり巻き戻したりで最後まで観るのに4~5時間かかることも多く、平日は仕事が終わってから、週末は朝から動画を観て勉強する毎日でした。
当時心がけていたのは「仕事が忙しくても一週間分の授業はその週のうちに観終える」でした。
教室に行けないことが多くても教室にいる同志と同じモチベーションで勉強するには、できるだけ遅れないことが望ましいと思っていました。
週末クラスは6月までにひと通りの範囲を終え、6月末に模擬試験があります。
私も後日、模擬試験を解いてみました。
25問中16問以上正解で合格点になるわけですが、この時点では国史10問、資源17問、法規10問、概論16問で、まったく話にならない点数でした。
この時点で勉強を始めて7か月で国史2周、その他3科目は1周ずつ。
あと2か月ではとてもじゃないけど時間が足りないと思い、1年延期して余裕をもって受験してもいいかななどと考えたりもしました。
ちょうどこのころ、7月から始まる筆記試験直前速成クラス用のテキストを受け取りに予備校に行ったら国史の先生が来ていたので相談してみました。
模擬試験の答案を見せると「この勉強方法で間違いないし、まだ間に合うからがんばれ!」と激励の言葉をいただきました。
先生の言葉を信じて残り2か月を駆け抜けました。
7~8月は出張も多く、当然ながら授業動画と予習は休めないので勉強道具を持参して出張先でも朝や移動時間に勉強しました。
毎週、いつもギリギリで予習して動画を観て、の繰り返しでした。
趣味の音楽活動も7月以降はほとんどできませんでした。
こうして9月1周目の筆記試験を迎えました。
ここまでに国史3周、その他3科目は2周。
筆記試験の直前は肌荒れ、下痢が止まらず、体力的にも限界でした。
試験当日は雨。
冷房で体が冷えて腹痛になることも予想して、普段より厚着して行きました。
<筆記試験会場>
試験は4科目100問を100分間で解答するので、1問あたり1分しか考えられません。
問題用紙は国史→資源→法規→概論の順番で構成されていて、結果的に順番どおりに回答しました。
最初の国史で一気に緊張が走ります。
出題範囲は先史時代から朝鮮王朝後期までで約21~22問、残り3~4問が近現代と聞いていて、過去問もだいたいその傾向でしたが、今回はその2倍、7問も出題されました。
近現代史は朝鮮王朝末期から現在までの激動の時代で、予備校では8月に一日かけて要点整理する授業があったので、その日は平日だけど休暇をとってリアルタイム受講しました。
授業後にアーカイブで観ることも考えましたが、他の日にはほかの勉強で手いっぱいだったのでやむを得ずリアルタイムでの受講となりました。
それでも最低限は勉強したし、筆記試験前日は近現代史に時間を割いて集中的に勉強しました。
結果、付け焼刃は役に立たず、7問中ほとんどが不正解でした。
<試験前日に近現代史のまとめ>
国史でかなりてこずったので残りの3科目はあまり余裕もなく、ほぼ直感で解答をマークしていきました。
ギリギリで概論まで解答を終え、試験終了です。
周りを見ると、20人以上いた受験生のほとんどは早々に解答を終えて途中退出、私ともう一人ぐらいしか残っていませんでした。
筆記試験の正解(案)は当日の午後に発表されます。
私も昼食後に近くのカフェに入って発表を待ちました。
予定どおり発表され、自己採点してみたところ、国史と資源はあまり芳しくなかったものの足切りは免れ、法規と概論が思いのほか好調で合格点を越えていました。
緊張が一気に緩む瞬間でした。
■面接対策
筆記試験の合否は1か月ほど先に発表されるため、ある程度合格確率が高ければ発表前から本格的に面接対策を始めます。
私は予備校の面接対策クラスも3月から受講していました。
毎週土曜日の午後に3時間ほど、面接で出題されそうな内容やキーワードを整理して2分程度の答えを作る練習をしました。
例えば、よく出題される質問に「ハングル」がありますが、面接で「ハングルについて説明してください」と質問されたときは、2分程度で答えられるように関連するキーワードを元に頭の中で文を作り、声に出して答えます。
これを100~200個ほどノートにまとめて繰り返し練習します。
質問は3問で、日本語で質問される場合と韓国語で質問される場合があるので、日韓両方で答えられるように練習する必要があります。
<面接対策ノート>
最初は練習パターンを体に覚えさせるために少しずつ練習し、筆記試験後は授業時間も5時間に延びて1日に10個以上練習しました。
筆記試験前はどうしても時間が合わず、直前の数回は欠席しましたが、筆記試験後は授業はもちろん、スタディという受験同志との勉強会もほぼ毎日行いました。
ビデオ通話で相手の表情も見ながらお互いに問題を出し合い、うまく答えれば褒め合い、間違いがあれば直したりするスタディをすることで、絶対合格したいと強く願う同志たちとの絆が生まれました。
その他、できるだけ観光地に行って現場の空気を肌で感じることも大切です。
私は4月に昌徳宮、景福宮、宗廟を歩いて廻ったり、日本語ガイド付きツアーを申し込んで鉄原DMZと第2トンネルを見てきたりしました。
出張で地方に行けばその場所の観光地を見に行ったりもしました。
現役ガイドさんが実際に働く姿を見て、ますますモチベーションが上がりました。
<昌徳宮>
<景福宮>
<麻谷寺>
■面接試験
10月下旬に筆記試験の合格が発表され、いよいよ残り3週間。
筆記試験ほどではないにしても緊張します。
勉強方法にも慣れて、あとはひたすら練習あるのみです。
私は個人的に声をかけて4人の同志とスタディしました。
基本的には授業で扱った内容の復習、そして直前期は過去問などから答えにくい質問をしても冷静に答える練習を繰り返しました。
<歴史地図と面接過去問>
面接前日は予備校の自習室でひとり練習。
これまでに練習した内容を最初から総チェックし、漏れがないか確認しました。
夕方は早めに帰ってしっかり睡眠をとり、翌日に備えました。
当日は試験開始の1時間ちょっと前に予備校が試験会場近くに貸し切りにしているカフェに集合し、同志と顔を合わせて緊張をほぐし、揃って会場入りしました。
ソウル会場の面接試験は原則3問で、日本語2問と韓国語1問が一般的です。
私のような日本語ネイティブでも同じように出題されます。
時間帯で同じ質問が出題されますが、それが日本語になるか韓国語になるかは決まっていないようです。
試験はくじ引きで入る部屋が決まり、6畳ほどの部屋に面接官3人と受験生1人です。
私が受験した時間帯の質問はこんな感じでした。
①(日本語)世界には様々な文化を持つ人がいて、そのような人たちが韓国にも旅行に来るが、ガイドはそのような観光客に対してどのように行動すべきか。
→実は日本語が聞き取れず、もう一度お願いしますと言って質問を2回聞いたものの、やっぱり完全には聞き取れませんでした。
②(韓国語)キムチについて説明してください。
③(日本語)パスポートをなくしてしまった場合、ガイドはどのように対応すべきか。
①は聞き取れた部分だけでなんとか答えを作って話しましたが、自信もないし減点になっただろうと思います。
日本語ネイティブが日本語を聞き取れないことはときどきあるようで、予備校でも気を付けるように言われていましたが。。。さすがにこれは防げないですね。
②③は何度も練習した内容だったのでスラスラと答えられました。
ただ、③は大使館や領事館というキーワードが抜けてしまい、減点対象だったと思います。
■試験終了!
何はともあれ、試験終了です。
昼食抜きでの試験だったので、帰り道が同じ同志&スタディで共に練習した同志の2人と一緒に早めの夕食をとりました。
長期間の緊張と抑圧から解放されたこともあり「今日はアルコール抜きにしましょ」で合意。
おいしい豚の足を食べ、お茶して解散しました。
■結果発表
1か月後の12月中旬、2次試験の結果発表でした。
上記のとおり、ちょこちょこやらかしましたが、なんとか合格!
1年間の勉強が実を結びました。
しばらくは勉強から離れたい~
観光通訳案内士は、別途申請するだけで国外旅行引率者の資格も取得することができます。
韓国から外国に旅行者を連れていくTC(ツアーコンダクター)の資格です。
私が2009年度に合格した日本の全国通訳案内士は2018年から取得義務がなくなりましたが、韓国では観光通訳案内士が有償ガイドには必須の資格であり、国外旅行引率者資格を持っていれば韓国内と韓国から引率して日本国内での有償ガイドが可能になります。
今後は東京の観光ボランティアもしつつ、徐々に観光の仕事にも手を伸ばせるように準備していくつもりです。
いずれはこれまでに20年ほどのキャリアを積んだ専門通訳翻訳と観光を掛け合わせた仕事もやってみたいですね。



















