☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
二元性の(世界)の中で、正義はどこにあるのでしょうか?
すべての原因と結果(原因と結果の法則)ー
それこそが正義です。
もしもあなたが真の正義を求めているのなら…
「ただ正確に、原因で、ありなさい」。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

原文「二元性における正義はどこにあるのか?すべての原因と結果だ。もしあなたが真の正義を求めるのなら、『正しく、原因で、あれ』」


弱きを助けて強きを挫くのも、犯罪者への処罰も正義と呼ばれることがあります。
しかしここでの「正義」とは、厳格に、きわめて公正にはたらく法則が存在することを言っているのでしょう。

原因があれば、それに沿った結果が続く。
それが、原因と結果の法則です。
二元性で成り立つ世界において、この法則ー「正義」の厳格さ、正確さ、公平さはいうまでもありません。

もしもあなたが真の「正義」を求めるのなら…
あなた自身が原因でありなさい。
あなたという原因に沿って、あなたの世界という結果が生じていると理解しなさい。
今日のケイティさんはそう言っているのだと思います。

あの人がこんなことを言った、やった。
あんな出来事、こんな出来事が私の身に降りかかってきた。
…その結果として、私は苦しんでいるのだ。

このような、結果としての「被害者」の立場に自分を置くのではなく、あなた自身が常に原因であり続けなさい…
ケイティさんはそう語りかけているのでしょう。

あの人の言動が私を傷つけた。
あの出来事が私の人生を狂わせた。

…それは、本当なのでしょうか。

そうです。
それは本当ではないのです。

それをはっきりと理解したとき、私たちは、私たち自身が結果ではなく原因であることを知るのです。

そのときはじめて私たちの求める「真の正義」が、私たちの世界に実現することでしょう。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
私は何も見ていないー「無(nothing)」を見ているのです。
きれいよ!
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

原文「私は無を見る(何も見ない)。美しい!」


何も見ない。
または「無」を見る。
それってどんな感じなのでしょう。
ケイティさんはそれを「美しい!」と言っていますが…

「見る」って、つい「おメメを使う」と考えてしまいますが…
どうやらこれがそうではないらしい。
( ゜o゜)オ?!

ケイティさんにさんざん言われて、ようやく気がつくようになりました。
私たちが「見る」というとき。
それは、実は私たちの心のなかの思いを「見て」いるのですよね。

すると、「何も見ない」とは「何も考えない」ということになるのでは…?

何も考えない…?
そんなこと、あり得るの??
(((((((・・;)
と、とりあえずムガのきょーちを、目指せってか!!

いえいえ。
そう一筋縄にはいきませんよ~(笑)

これまたさんざんケイティさんに言われて、ようやく腑におちてきましたが、どうやらモンダイは私たちが思考するかどうかではないらしいのです。
(  -_・)ムム?

思考停止する、一切何も考えない、考えることそのものをストップする…
どうやら「美しい」、「無」を見る秘訣はここにはない、というコト。

私たちが次々生み出す思い、考え。
その思考を盲目的に信じるかどうか…
「何も見ないこと」の秘訣は、どうもこちらにあるらしいのです。

私たちの心のなかにある思考の数々を、無条件に信じなくなるとき。
それは、私たち自身の心のなかを、ありのままに受け入れている状態なのかもしれません。

そんなときには、たしかに、美しい「無」が見えるのかもしれませんね。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
私は座ります。立ち上がります。横になります。
…なあんて、ね。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

原文「私は座る。私は立ち上がる。私は横になる(私は嘘をつく)。」


原文の、「座る」「立つ」の次にある「I lie」は、「横になる」という動詞でもあり「嘘をつく」という動詞でもあります。

今日のお言葉の写真は、アイビー柄のストッキングをはいたおみ足が、アイビーの茂みに立っている…というもの。
オモシロイ(^w^)ムフ

ひょっとしたら私たちは、ケイティさんはこの写真みたいなカメレオンみたいな真似なんてするはずない、ウソなんか絶対つくはずない…と考えてはいないでしょうか??

それは、本当ですか?
Ψ( ̄∇ ̄)Ψ

ケイティさんは、いつも必ず自分を貫く人のはず。
正直で、決して嘘なんてつかないはず。

…それは、本当ですか??
Ψ( ̄∇ ̄)Ψ Ψ( ̄∇ ̄)Ψ

もしもそんなふうに考えているとしたら…
私ら、そりゃもうハタ迷惑な輩ですよねぇ(笑)