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どこでもないところ。
それが、私が我が家のように寛ぐところです。
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原文「どこでもないところで、私は寛ぐ」

「nowhere」で、私は寛ぐ。
「nowhere」こそが、私にとっての「我が家」。

Facebook上の今日のお言葉の背景の写真は、締められた水栓からぴちょん…と滴り落ちる水滴です。

この水滴は、水栓を離れました。
でもまだ地上に落ちきってはいません。

どこにも所属していないこの水滴、どれほど自由なことでしょう。

このどこにも属していない、滴り落ちるさなかの水滴…

ケイティさんはそれを「孤独」や「不安」、「恐怖」などと呼んではいません。

どこにも属していない、滴り落ちて行くその瞬間の水滴に「我が家にあって、寛いでいる」というイメージを重ね合わせています。

私たちが探し求めてやまない「我が家」。

それはある地点ーたとえば、旅の「終着点」にあるのではないのかもしれません。

それは「とある場所」ではなく、どこでもないところ…nowhere そのものなのかもしれません。

そんな nowhere は、いったいどこにあるのでしょうか。
私たちが本当に寛げる「我が家」とはどこにあるのでしょう。
どこを探せば、そのnowhere は見つけることができるのでしょう…?!

それはまさに nowhere 。
「どこでもないところ」なのでしょうね。
(*´∀`)