
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
どこでもないところ。
それが、私が我が家のように寛ぐところです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
原文「どこでもないところで、私は寛ぐ」
「nowhere」で、私は寛ぐ。
「nowhere」こそが、私にとっての「我が家」。
Facebook上の今日のお言葉の背景の写真は、締められた水栓からぴちょん…と滴り落ちる水滴です。
この水滴は、水栓を離れました。
でもまだ地上に落ちきってはいません。
どこにも所属していないこの水滴、どれほど自由なことでしょう。
このどこにも属していない、滴り落ちるさなかの水滴…
ケイティさんはそれを「孤独」や「不安」、「恐怖」などと呼んではいません。
どこにも属していない、滴り落ちて行くその瞬間の水滴に「我が家にあって、寛いでいる」というイメージを重ね合わせています。
私たちが探し求めてやまない「我が家」。
それはある地点ーたとえば、旅の「終着点」にあるのではないのかもしれません。
それは「とある場所」ではなく、どこでもないところ…nowhere そのものなのかもしれません。
そんな nowhere は、いったいどこにあるのでしょうか。
私たちが本当に寛げる「我が家」とはどこにあるのでしょう。
どこを探せば、そのnowhere は見つけることができるのでしょう…?!
それはまさに nowhere 。
「どこでもないところ」なのでしょうね。
(*´∀`)