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「快楽」と「自由」…
それは地球上から月までの距離ほども違うものです。
「快楽」は、自分自身を満たそうとする試みのことです。
「喜び」は、ありのままのあなたの本質です。
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原文「快楽と自由の違いは、ここから月までの距離。快楽は、あなた自身を満たす試み。喜びは、あなた自身」


今日のお言葉、前後の文脈がどのようなものかわかりません。
しかし「自由(freedom)」と「喜び(joy)」とが関連性をもち、「快楽(pleasure)」に対比されているようですね。

興味深いのがケイティさんの「快楽」の定義です。
「自分自身を満たそうとする試み」。
それが「快楽」だというのです。

熟慮の末の、これぞ最善という行動。
しかしそんなときに自分自身の心のなかを正直に覗いてみたら…
その振る舞いによって何かを期待していた。つまり、それによって何かを得ようとしていた、自分を満たそうとしていた。
そんなことはしょっちゅうです(笑)

満たそうと試みるということは、心のなかに何かで満たさなければならない「スキマ」がある…ということでしょう。

その「スキマ」を埋めようとする試みが「快楽」だと、ケイティさんは言います。

一方、「自由」に関連している「喜び」のほうは、ありのままの私たち自身そのもののことだと言います。

それがどんなものなのか、うだうだと説明するのも野暮ってものかもしれません。
なんにしろ、この「喜び」の状態のときには、スキマを埋めるための「快楽」は必要ないのでしょう。

ありのままの自分自身100%ならば、そもそも「スキマ」ができることはありませんよね。
なにせ100%全部、自分自身で埋めつくされているのですから。
心のなかで、自分自身が欠けているように思える部分の「スキマ」。
もし全部が自分自身で満たされていれば、そんなスキマを埋めようとする「快楽」は必要なくなるはずです。

100%自分自身。
それが「喜び」!?
なな、なんてすばらしい状態なんでしょう!!
私にもぜひそれをくださいなー
…って、そのお買いもの的発想がすでに「快楽」なんだちゅーの(笑)
\(__)

「喜び」のヒントは「自由」でしたね。
自由といえば…
思い出しませんか?
4つの質問のなかのひとつ。

「その考えがなければ、あなたは何になるのでしょう?」

もしこの考えがなかったら…。
この問いかけに、じっくりと静かに答えたときのあの感覚。

あれ、とっても「自由」という言葉がしっくりきませんか??

ひょっとしたらあの感覚が、スキマのない「喜び」のヒントなのではないでしょうか…?
v(・∀・*)