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二人ならいいけれど、
三人なら仲間割れ。

スティーブンと、フェルメールと…
それに、「私」じゃない。

これなら差し引いてゼロ。
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原文「二人なら気が合う。三人なら仲間割れ。スティーブンに、フェルメールに、『私』ではないもの。これでゼロ」


ケイティさんはこの夏、「ザ・ワーク」のヨーロッパツアーだそうです。

今日の「名画特別篇」は、17世紀のオランダの画家フェルメールの作品にお言葉がついています。

この絵は、
「兵士と笑う女」。
ツアーで訪れたオランダの美術館の所蔵かなと思いきや、ニューヨークのフリック・コレクションの所蔵だとか。

お言葉の中にある「スティーブン」は、ケイティさんの現在のパートナーだそうで、これまでにも時々登場していますね。

原文にある
「Two is company. Three is a crowd」
はことわざ的な言い回しです。

直訳すると
「二人は仲間。三人は群衆」
なのですが、要は
二人なら仲間として、和気あいあいといられる。
三人になると意見が別れて仲間割れし、ただの他人の寄せ集めになってしまう。
…というような意味です。

で、もしここにスティーブンとフェルメールとケイティの三人が揃うなら…
ことわざ通り、わやくちゃな他人同士の集まりになってしまうかも?!

しかし。
ケイティ=「私」じゃない。
「私」ではないのは、「0(ゼロ)」…。

スティーブン、フェルメール、ケイティを各々「1」とすると、「1」が3倍。
1×3=3
になります。
これ、険悪になりがちの「三人」ですね。
f(^_^;

しかし、もしもこの中の誰かが「0(ゼロ)」だとしたら?
1×0=0
で、答えは「ゼロ」。

…そもそもゼロならば、仲間割れのしようもありませんよね。

私たちは、「仲間」になってくれる相手を求めます。
「私=1」として、同じように「1」である相手を探して「2=仲間」になろうとします。

しかしこの「2」は、すぐに「3」続くことだって充分にあり得ます。
すでに「仲間割れ」の可能性を秘めていると、いえなくもない…

これが「ゼロ」なら、「1×2=2」のような「気の合う仲間」にもなることはありませんが、「仲間割れ」することもありません。

では「ゼロ」が孤独なのかというと、そうでもないみたいです。
「ゼロ」だって、誰とでも一緒にいられますよね。

しかし「ゼロ」は、関わったものもみんな「ゼロ」にしてしまいます。
それで差し引きも「ゼロ」になるわけですが。

仲間割れが怖くて、ずっと「1」のままでいるというやり方もあります。

でも、いくつ集まっても「ゼロ」という可能性も、あるのですよね。

…それにしても。
これまで私たちが考えていた「2=仲間」の「仲間」って、なんなのだろう?

そんなことを考えた、本日の「名画特別篇」でした。