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過去がなければ、すべてはあるべき状態にあるのです。
ということは、すべてはあるべき状態にある、ということよね。
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原文「過去がなければ、すべてはあるべきままである。それで、すべてはあるべきままなのだ」
4月4日に、
「過去のない世界だけがまともな場所」
というようなお言葉がありました。
今日のお言葉とあわせて考えると、その「まともな、正気な場所」では、すべてはあるべき状態、ありのままの状態だ…ということになるのですね。
この観点からすると、私たちが「ありのまま」を拒む理由はひとえに「過去」ということになります。
では「ありのままを拒む」とはどういうことかといえば、それは私たち自身の思考です。
「これじゃイヤだ」と考える、私たちの思考なのです。
…と順々に推理していくと、最後にはびっくりするような結論が出てきますね。
その結論とは…
「私たちの思考」とは、実は「過去」とイコールである。
一瞬一瞬、それこそないチエを絞って考えいる私たちの思考。
それがぜーんぶ、「過去」…
Σ( ̄ロ ̄lll)
巷で評判のいわゆる「ポジティブ思考」も、「ポジティブ過去」ってことスか…。
。。(〃_ _)σ∥
ケイティさんのいう
「過去のない世界」
とは、
「何の思考ももたない『無』の境地」
とは少し違うかもしれません。
文字通りすべての過去を捨て去り忘れる、ある種の「記憶喪失の境地」とは違うのかも…
ケイティさんはいつも、
「なんの問いかけもせずに自分の考えを信じることが、苦悩の源なのだ」
と教えてくれます。
私たちは、過去100%の私たち自身の思考を無条件に「正しい」と信頼するのかどうか。
過去100%の思考を、それこそ100%「信じない」とき、私たちは自由なのでしょう。
それは今日のお言葉の後半にある
「すべてはあるべき状態にある」
という認識なのだと思います。
それは過去を捨てることや忘却することとは異なります。
過去が今の自分、またはこれからの自分にとって役に立つかどうか判断することとも違うでしょう。
過去はあるのかないのか。
役に立つか立たないか。
ケイティさんの視点は、そのようなところにはないのです。
あなたはそれを無条件に信頼するのか、しないのか。
ケイティさんの視点はそこにのみあるように思えます。
そして、それこそが自由の鍵のように思えるのです。