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自分の考えを信じるのは、アイデンティティーを作り出すことです。
私たちが、自分自身を怖れているのも無理はありません…
「自分自身」など、本当は存在などしていないのですから。
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原文「あなたの思考を信じることは、アイデンティティーを作り出すこと。我々が、我々自身を怖れるのも、驚くことではない。『我々自身』は本当は存在していない」
「アイデンティティー」とは、つまるところ私たち自身の「思考」です。
そんな思考でしかない「アイデンティティー」。
私たちは、それを自分自身だと考え、そして怖れています。
この自分への怖れとは、私たち自身が怪物のように思えておそろしい、ということだけにとどまりません。
私たちが怖れているのは、この「自分自身」が破滅することです。
この「自分自身の死」…
私たちはそれを怖れています。
そしてそれもまた無理からぬことだと、今日のケイティさんは言います。
なぜならその「死に脅かされる自分自身」は、存在すらしていない…
その正体は、私たち自身の「思考」なのです。
ではなぜ、その「存在していない自分自身」が、それほどの怖れを引き起こすのでしょう?
これまでのケイティさんのお言葉の数々を思い出してみましょう。
私たちの苦悩とは、ありのままを否定することから生じる…
ケイティさんはそのように教えていましたね。
怖れも同じことではないでしょうか。
私たちがありのままを認めようとしないところに、怖れが生まれるとしたら…
存在すらしていない自分自身を、存在すると考える。
これは、ありのままの「自分自身」…
つまり幻である自分自身を否定していることになりはしないでしょうか。
冷静に考えてみれば、この「自分自身」が死に脅かされるのは、そもそもそれが存在していないからなのかもしれません。
そもそも存在しないからこそ、私たちはそれがいつかは破滅すると分かっているのかもしれません。
このようにして紐解いてみると、私たち自身の抱く怖れとは、実は「死」に対するものではないのかもしれない…と思えてきます。
その本当の源は、私たちの信じる「自分自身」が存在していないことにあるのではないでしょうか…?
このように私たちの怖れの向こうには、何があるのでしょう。
自分自身とは、存在すらしていない。
それを認めたとき、私たちには何が見えるのでしょうか。