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比較がなければ、二元性もありません。
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原文「比較がない。二元性がない。」


チョコレートとおまんじゅうを比較してもはじまらない。
ワンコとニャンコのどっちがかわゆいか?なんてのも不毛な議論。

そうやって比較をやめれば、二元性もなくなるのよね。

で、今日のケイティさんはお、し、まい(*^^*)

…(゜ロ゜)え

はいはい、大丈夫。
実はまだまだ、続きがありますから(笑)

「比較をしない」という言葉は、多くの人生訓、名言に登場します。
まぁ気持ちよく生きるための秘訣、みたいなものなのでしょう。

確かに、その通りですね。

しかし…ここでひとつ、今日のケイティさんが投げかけてくれた「比較」とは何なのか、じっくり考えてみようじゃあありませんか?
v( ̄Д ̄)v

チョコレートとおまんじゅうの比較をやめれば、おやつタイムの葛藤は大幅に減ることでしょう。

しかしそれが人生全般に及ばないとしたらあまりにもったいない!

ズバリ単刀直入です。

「比較」。
それは、なにを意味するのでしょうか。

AとB(またはそれ以上のもの)を同じまな板の上に並べて、交互に見比べることなのでしょうか。

私たちは、普通に「比較」というとき、そう考えています。

しかし「比較」とは、実はケイティさんがいつも教えてくれる
「ありのままに逆らう思考をもち、それに固執する」
ことなのです。

「それは、こうであってはならない。それは、変わらなければならない」
という思いを抱き、それに固執することが「比較」の正体です。

自分自身の信念、思考と、ありのままとを比較しているのです。

この「比較」から、すべての葛藤が生じ、対立が生じ、二元性が生じます。
そしてそれが、私たちが「世界」と呼ぶものなのです。

「ザ・ワーク」などの修養を重ね、落ち着いた心で眺めると、私たちの世界のすべてがこの「比較」から、「それは、こうであってはならない。変わらなければならない」という思考から紡ぎ出されているのがわかるでしょう。

これが、神秘思想などでいわれる「世界は幻想である」という言葉の意味なのです。

残念ながら、一度や二度のワークショップやセラピーでこの葛藤、「比較」から解放されるのは期待できません。

ケイティさん自身、
「私のなかの争いを終わらせるのは、一生の仕事です」
と言っています。

まさに、それは私たちがこの地上にいる(ようにみえる)限り続ける「一生の仕事」なのだと思います。

しかし、それをおいてほかにするべき「仕事」などあるのでしょうか。

私たち自身、本当はこのたったひとつの「仕事」を、心底から求めているのではないのでしょうか…?