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私は、誰かに満たしてもらう必要はないのです。
それを理解したとたん、すべての人が私を満たすのです。
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原文「私の経験とは、私は、私を完全にしてくれるような人を必要としない、ということだ。それを理解したとたん、すべての人が私を完全にする」
今日のお言葉は、いわゆる「ワンネスOneness」や「ホールネスWholeness」といわれるものについてです。
「すべての人が私を満たす」という表現が、それなのだと思います。
すべての人が私にステキなものを与えてくれる、素晴らしい存在。
だから世界は素晴らしい。
そんな世界に抱きしめてもらっている私は、本当に愛に囲まれた幸せな存在なのだ…
と、いうことを言っているのでは、ないです(笑)
(/--)/アリャ
よ~く調べてみると、上記のような言葉には、バリバリの「私は何かに満たして欲しい」という欲望が埋め込まれているでしょう?
「私は素晴らしい世界に、私を満たして欲しい」…
それは本当ですか?
その考えがなければ、あなたはどうなりますか?
☆⌒(*^∇゜)v
そもそも「素晴らしい」とか「ステキな」とは、私がいいなと私の好みで判断しているだけです。
これぞまさに
「それは本当ですか?!」
さて、ケィティさんは「私の経験は」という表現をよく使います。
これ、とても正確で誠実な表現だと思います。
何かについて語ろうとしたら、結局それは「私の経験」について語ることになりますよね。
そうやって、常に自分の領域を離れないケィティさん。
さすがです