第一次木津川口の戦い(織田水軍vs毛利水軍) | この4分の動画で楽しく、あなたの好きな戦国時代の武将の戦術・戦略が分かってしまいます

第一次木津川口の戦い



【時期】1576年7月


【場所】大坂湾、木津川河口


【交戦勢力】織田水軍vs毛利水軍(村上水軍)


【織田水軍】


総大将:佐久間信盛



水軍兵力:300隻


【戦争の目的】

大坂湾の海上封鎖による兵糧攻め

毛利水軍を撃破し制海権を維持



1570年から始まった石山本願寺との

戦争の終結をめざす



【毛利水軍】


総大将:村上武吉




水軍兵力:300隻


【戦争の目的】

大坂湾の織田水軍の撃破

大坂湾の制海権を握り織田の兵糧攻めを破る


-------------------------------------------------------

【経緯】



天下統一を狙う織田信長

軍事力の要となるのは

情報流通の完全なる支配

こそが重要と考えていた!



そのため当時、最大の富を握る

大坂(堺・石山本願寺)の支配の

ために石山本願寺と戦争になった



-------------------------------------------------------

【難攻不落の石山本願寺】



本願寺はただの寺ではなく

川や沼が幾重にもあり

天然の要害となっていた



のちに、豊臣秀吉が大坂城を

建設したのもこの地が

天下の大要害と知っていたからである


大軍で攻めても落とせないので


ここで佐久間信盛が考えたのが

兵糧攻め


城、全体を包囲して

敵の兵糧、武器、弾薬がなくなるのを

待つという作戦である。



佐久間はまずは大軍で陸上を囲んだ後

大坂湾に水軍を配備し

海上封鎖をおこなった!


この封鎖が破られなければ

石山本願寺は降伏するしかなくなる


本願寺に味方する

毛利水軍はこの海上封鎖を破るべく

大坂湾、木津川の河口に現れたのだ!



戦史 ブログランキングへ

-------------------------------------------------------




史を見てみましょう。