ついにiPhoneが日本でも発売された。想像していたとおり、その人気ぶりはすごい。先行発売が行なわれた表参道の店舗には1500人を超える行列ができたという。携帯電話ひとつの発売にここまで人が動かされるというのも、なかなかないだろう。


じつは、その生みの親であるアップルコンピューターに仕事で訪問したことがある。2年ほど前だったろうか。わたし自身、アップルファンだ。iPodはもちろん、imacのユーザー。銀座のアップルストアができたときも、感激して訪れた。その憧れのメーカーへの訪問ということで、動機こそ不純であるものの、気合はたっぷり。事前準備もしっかりしたのを覚えている。


訪問しての感想は、「かっこいい」に尽きる。ライターのくせに、ボキャブラリーが乏しすぎるだろうか。だが、本当にシンプルにかっこいいのだ。なんといっても、遊びごころ豊かな雰囲気がアップルらしい。たとえば、会議室のネーミングにしても一風かわっている。また、マネージャークラスと思われる担当者はジーパンにティーシャツ姿。袖にはアップルのロゴ入りというのが粋じゃないか。


そこここに、どこか洗練されつつ、チャレンジしていくエネルギーが感じられた。そして、なによりも印象的だったのは、企業をつくる社員全員が「アップルコンピューター」というブランドを誇りに思っているということ。好きだから、こだわれる。好きだから、もっと良くしていきたい。メーカー企業としては、もっとも理想的な製品と創り手の関係が築かれているのではないだろうか。それこそが、アップルのブランド力を高め、次々と世の中を驚かす原動力となっているのだと感じた。

わたしの人生のなかで、20代後半は本当にいろんな人に出会い、支えられてきた時期だったと思う。そのなかでも今どうしているか気になっているのが、当時お世話になったマッサージ師のHさんだ。


Hさんは、わたしが高円寺に住んでいたころ、地元密着型のマッサージ屋で働いていた。その店は、深夜2時ごろまで店をあけている。深夜割り増しなどはない。これってけっこうすごいことじゃないか。


当時、残業ざんまいでタクシーで家路につくことも多かったわたしは、とにかく肩がこっていた。頭痛も頻繁で、マッサージにはよく通っていた。そんなわたしの強い味方だったのが、夜中まであけているマッサージ屋であり、そこで働くHさんだったのである。


こんなことがあった。

時間は2時をまわったころ。タクシーで駅前まで帰ったわたしは、商店街のマッサージ屋の前をとおり、Hさんがまだいるのを発見する。時計を見つつも、思い切って店の戸をたたいた。断られることを承知の上でだ。


するとHさんは「いいですよ。何分ですか?」と笑顔。鬼のようなわたしは「60分で」と答えた。そんなときもいやな顔ひとつせず、迎え入れてくれたHさん。マッサージは心地よく、その日の疲れがふっとんだ気がした。マッサージがはじまってものの10分で記憶がなくなる。いい年の男と女が深夜の密室で2人きり。でも、Hさんには絶大な信頼を寄せることができた。なぜだろう。不思議なものである。


Hさんはその後、マッサージ師として独立する。ひと駅はなれたところに、自分の店をオープン。Hさんが師とする方に店名を考えてもらったそうだ。もちろんわたしは、すこし距離こそはなれたものの、Hさんのお店の繁盛のためにも通うようになるのだが。


自分の店ということで、Hさんはわたしが訪れると好き勝手なサービスをしてくれた。

彼とわたしが仲良くなった共通の話題は、梅酒である。それも、ブランデーベースの梅酒にはまっていたことから一気に話がはずむようになった。2人が愛する飲み物を、彼は店の戸棚に隠している。そして、わたしが訪れたときには、マッサージ後の一杯をたのしませてくれた。


また、わたしが結婚を決めたときに訪れたときのことである。

たっぷり90分くらいマッサージを受けた帰り際。「今日の御代はいりません。結婚祝いです」とひと言。一人で経営するのは大変だろう。競合も多いし、けっしてラクなわけではない。それなのに、この粋な計らい。思わず目頭が熱くなったことを今でも覚えている。


これだけお世話になったにも関わらず、家の事情で引っ越すことになったわたしは、連絡も入れないまま引越してしまった。だいぶお店から遠くなってしまったので、一度も訪れていない。いまもHさんは健在だろうか。おそらく大丈夫だろう。


なぜなら、どれだけ距離が近づいても、あくまでも「お客さま」であることを忘れず、マッサージ師としてのサービスを徹底できる人だからだ。そんな人のところには、きっと常連客がつくに違いない。プロのマッサージ師Hさん。彼は会いたい人であり、お礼を言いたい人である。