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読み終わりました。やっぱ,読みやすいですね。
欧州クラブの監督がたくさん出てきて,誰が誰だかいまいちよく分かりませんでしたが,監督たちの哲学というか考え方の部分は興味深く読みました。
主に取り上げられてたのは,
モウリーニョとグアルディオラ。
一言で言ってしまえば,
モウリーニョは,臨機応変タイプ。
グアルディオラは,自分の哲学を貫くタイプ。
もう一言付け加えれば,
モウリーニョは,臨機応変タイプ。
自分がクラブを去った後,何も残らない。
グアルディオラは,自分の哲学を貫くタイプ。
自分がクラブが残った後,自分の哲学が残る。
っていうことかなーっと。
筆者の主張としては,日本のサッカー(クラブもメディアもファンも)は,結果を求め過ぎている。だから,モウリーニョタイプの監督がほとんど。結果を最優先だから,哲学は二の次。
じゃなくて,もっと監督もクラブも,そのチームの色(哲学)を大切にしていこうっていう。
そして,ファンも結果だけじゃなくて,いいサッカー(そのチームが目指すもの)ができてたかっていうところを見ていこうっていうことなんじゃないかなと僕は読みました。
ネットで調べると,この本の筆者は,前回W杯の時にけっこう叩かれているようです。
まあ,僕にはサッカーの経験も知識もないので,筆者についてどうこう言うことはないのですが,この本を読んで,サッカー,特に世界の有名クラブを指揮する監督の哲学っていうか考え方にはとても興味をもちました。
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モウリーニョは,臨機応変タイプ。
自分がクラブを去った後,何も残らない。
グアルディオラは,自分の哲学を貫くタイプ。
自分がクラブが残った後,自分の哲学が残る。
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どちらも素晴らしい監督なんだろうと思います。
でも,違いは確かにある。
教育の世界に限って,僕だったら,
「臨機応変タイプだけど,哲学は残したい。」
自分の哲学=目指すサッカー
教育では,自分の哲学=目指す子ども像
とするなら,自分の哲学は当然貫かれるべきでしょうね。
いろんな外圧に屈せずに。
まあ,サッカーと教育では決定的な違いがあります。
それは,サッカーには勝ち負けがあるけど,教育には勝ち負けはありません。
もし授業レベルにまで落として考えれば,
これはおもしろい,
授業を流すために,臨機応変に対応するのか(自分の哲学を曲げるのか)。
授業を流れないとしても,自分の哲学を貫くのか。
ん?これはどうなんだろう?
授業を流す(その時間の目標達成を目指す)or 自分の哲学(理想の子ども像)
この二つは一致するのか?別物なのか?
学校教育の目標は,「人格の完成」だったはず(違うか?)
知徳体で言えば,徳なのかな?
授業を流す(その時間の目標達成を目指す)or 自分の哲学(理想の子ども像)
を知徳体で言い換えると
知 or 徳
になるのかな?
いやいや,そうとも限らん。
んーーー,ちょっともう少し時間が必要のようですね。
この話はもう少し頭の片隅で寝かせます。
ともかく,自分の哲学はもっていたいですね。
いま目指している学級像はありますが,哲学までは言えないので。