今月の例会でした。
国語って,物語文と説明文の2つのジャンルが主というイメージがあります。
でも,実際は,新出漢字に時間を取られたり,話す・聞くや書くの単元があったりして,一ヶ月ぐらい「読み」の授業をしないこともあります。(たぶん)
そうした現場にいる身として,この国語の勉強会の存在はとてもありがたい。
僕は,毎月朝9時前発の11時過ぎ着の電車で広島に行き,大学時代に通ったラーメン屋で少し早い昼食をすませ,駅地下道にあるロッテリアで時間を潰し,1時開始の勉強会に間に合うように会場に路面電車で向かう。
今日も全く同じ行動を取った。
いつもと違う事と言えば,ロッテリアの店員さんが美人だったことぐらいだ。
コーヒーだけのつもりが,なぜかチョコパイも買ってしまった。
肝心の勉強会は,
教材研究「千年の釘にいどむ」
実践報告「千年の釘にいどむ」(S先生)
模擬授業「かるた」
という構成だった。
今日も大変学びの多い一日となった。
教材研究で扱った「千年の釘にいどむ」は,いわゆる「序論・本論・結論」の構成では捉えられない文章だった。
模擬授業形式の教材研究では,まず,「筆者の主張(最も伝えたいこと)は何か。」というところから入った。
そこで,
・千年前の釘のすごさ
・今の職人のすごさ
・匠の工夫と心意気
という3つが出され,「2つに分けるとしたら?」と続き,「では,分けた2つのうち,筆者はどちらをより伝えたいか」と進んだ。
最終的に,「日本の伝統文化」や「人類のすごさ」といったところまで出て,自分としては「それは行き過ぎじゃないか?」とも思って首をかしげたけど,おそらく読み込んでいけば,そこまで推論できるのかもしれない。
その後のS先生による実践報告は,
「千年の釘にサブタイトルとつけよう」
という活動から,この説明文に書かれている2つの内容
「千年前の釘のひみつ」と「今の職人の思い」のどちらが筆者がより重視しているか
を話し合う授業であった。
本質的には,その前にやった教材研究と同じ流れなわけだけど,
全員参加を促す指導方法や指導技術が随所に見られ,とても勉強になった。
また,ノートタワーや学習規律などの普段の指導の様子が頭に浮かぶ子どもの姿や教室環境も見せてもらい,自分を振り返ることができた。(来年度からは・・・!!)
実践報告で,ほろ酔いの今でも頭に残っている今日の学びは,
「学年が上がるにつれて,型・枠(序論・本論・結論)で捉えることのできない文章が増える」ということだ。
そして,そうした説明文は,意味内容を読んでいくしかない。
意味内容を読み取っていくことで,大まかな文章の枠が見えてくる。
*****************
今年度の夏前の例会で,
僕が,説明文「ありの行列」の実践を口頭で報告した際に,
T先生が「授業の最初から,はじめ・中・おわりに分けていくのには,弊害がある」と言われていた意味が今日ようやく分かった。
*****************
最後のH先生の模擬授業「かるた」は,数年前から入った新教材であまり実践がないとのこと。
模擬を受けてみての僕の率直な感想は,
「真新しさはないな」
「子どもたちは,楽しいのかな?」
だった。
H先生には,板書のことなどしょうもない感想をお伝えしたが,本番はどうなるのか楽しみだ。
ぜひ観に行きたいけれど,どうなることやら。
A先生は今日も来られており,今年度中に授業をするかどうかは1月中に決めてほしいとのことと言われた。
僕も「かるた」でやりたいなー。
今日もいくつか先生の論文をいただいたので,またしっかり勉強しようう。
帰りも,いつも通り,S先生に三原まで送ってもらった。
国語のこと,学級経営のこと,授業における指導方法や指導技術のこと,学校での仕事術などなど,ざっくばらんに話をすることができた。
S先生と話すと,いつも自分のがんばりの足りなさ,S先生の仕事量の膨大さに驚かされる。
「真似できる,できない・したい,したくない」という話ではなく,
「自分ももっと学ばなければ」という焦燥感を駆り立てられる。
知識や授業の上手さもすごいし,仕事もできる。
月1でも,そんな先輩教師と1対1で話ができる時間は,自分の限界を遥か彼方に設定する意味でも,教育の世界はまだまだ奥が深いと再認識する意味でも,はたまたそんな先輩でも悩みながら日々実践しているという事実をお聞きする意味でも,代え難いものだと思う。
最近,会っていないART先生と,できればMくんも一緒に,ゆっくり飲みたいなと思う今日このごろです。
この文章には,意外にも50分もかかっています!
自分でもびっくり!