現実世界の作られたシステムやルールを受け入れ続けている我々にとって、既存の思考回路の変革を求められる状況は、苦痛でしかない。
これまで、現実において、肉体的にも、精神的にも、目に見える、目に見えない、いろいろな痛みを与えられ、傷ついてきたはずなのに、痛みに慣れすぎた為に、今も傷つけられていることを認識することが難しくなっている。もしくは、自覚はあっても認識しないように、自分の中て決め事にすることで、広がり続ける傷口を見ないようにしていたりする。
もしかすると、その傷口が致命傷になって、自らの命が危ぶまれても、それは自らの意思ではないのだから、仕方ないよねって、自分の責任にはならないことを、望んでいるのかもしれない。
自分はともかく、自分の命を捧げても惜しくないはずの子供の命や未来に関しても、結局は、自分以外の何かに責任を委譲することで、その責任から逃げたいと、願っているのかもしれない。
次回に続く