村上春樹原作の短編小説『女のいない男たち』での 男たちの哀しさ は Philip Gabriel の翻訳でも担保されているか?

 

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さっそく ディスターブ ですが、1年前の今日、わたしが upload したブログです。

これもおもしろいですよ。

 

1年前の今日あなたが書いた記事があります

『土の中の彼女の小さな犬』の中にある、思春期の女性に共通の性向、と男の再生。

 

[要約]

Philip Gabrielの英文翻訳を、【逐語訳+意訳+愛情】を駆使して日本語に戻し、村上の原文と詳細に比較検討した。 Gabrielの英文と私の共同作業による日本語訳には、村上の原文を損なっているような部分は認められなかった。すなわち、翻訳で最も肝心な、原作の核心は、 【日本語⇒英語⇒日本語】 の作業の後でも充分維持されていた。

良き物語は少しぐらいの外部ノイズで損なわれることは無い?

 

 

[緒言]

この『女のいない男たち』の物語の概略は、この本の「帯」に書いてある文章―――ある夜半過ぎ、かっての恋人の夫から、悲報を告げる電話がかかってきた―――で間に合うかもしれない。

 

もう少し親切に記述すると 《真夜中に、かっての恋人の夫から主人公のところに電話があり、私の妻のエムが自殺しましたと伝えてきた》・・・ただそれだけの物語です。 自殺した女性エムは主人公と中学の時のクラスメイトで、青春の一時期ふたりは付き合っていた(主人公の夢想・願望)

 

村上は、そんな物語ともいえないような断片的エピソードから、この作品『女のいない男たち』を立ち上げています。

 

ここでは、この妻、あるいはエムの死という悲報を、突然の電話で短く伝えてきた夫、そしてそれを聞いた、かっての恋人である主人公ふたりの男たちの哀しさが、村上の原作とPhilip Gabriel の翻訳ではどちらが上手に表現されているかについて、かなり詳細に、原作と翻訳の優劣を比較してみた。

 

   《原著と翻訳の優劣?》

 

 原著が優れているのあたりまえとつい考えがちですが、必ずしもそんなことはありません。例えば、村上が翻訳したカーヴァーの一連の作品を読んでいると、だんだんこんな疑義が湧いてきます。「カーヴァーより 村上のカーヴァー 方が小説上手なのでは?」と。

 

  あなたはこれまで、人の書いた文章を添削したくなったことってありませんか?

 

[小説とは趣が360度異なりますが、科学論文でなら、そんな例はたくさんあります。結果、結論をいじるのは禁忌だとしても「この結果なら、緒言は、考察は、このように書くでしょ?」と]

 

[方法]

短篇小説であるにも関わらず13ヵ所のパラグラフを抜粋した。従って、この文章を読めば、小説全体に大まかに目を通したことになります。

英語翻訳文での難しい単語には日本語の意味を加えました。

Gabriel の翻訳には私の和訳を附与し、村上の原文と英語翻訳文との比較を容易にした。

 

 

[結果]

1:真夜中、主人公(僕)を起こす電話が、知らない男からかかってきて、こう言う・・・・

 [村上の原作]  

【ページ265、5行目】

妻は先週の水曜日に自殺をしました、なにはともあれお知らせしておかなくてはと思って、と彼は言った。なにはともあれ。僕の聞く限り、彼の口調には一滴の感情も混じっていなかった。電報のために書かれた文章のようだった。言葉と言葉のあいだにはほとんどスペースがなかった。純粋な告知。修飾のない事実。ピリオド。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 212, line 9 from the bottom】

My wife committed suicide last Wednesday, he said.  In my case, I thought I should let you know.  In any case.  As far as I could make out, there was not a drop(一滴) of emotion in his voice. It was like he was reading lines meant for a telegram, with barely(ほとんど~ない)any space at all between each word. An announcement, pure and simple. Unadorned (簡素な) reality.  Period.

 

妻は先週の水曜日に自殺しました、と彼は言ってきた。とにかく、あなたにお知らせしなければと考えまして。 とにかく。 私が感じる限り、彼の声には、ひと滴(しずく)も感情というものが入っていなかった。まるで、電報でも読んでいるかのようで、その言葉の単語と単語の間には ほとんどスペースといったものがなかった。直截的で簡潔な報告。最小限のリアリティー。 そしてピリオド。

 

 

2:知らない男からの電話の不思議な印象。

 [村上の原作]

【ページ266、最後から5行目】

  でもまあ、それはどうでもいい。問題は彼が僕に何ひとつ説明を与えてくれなかったことだ。彼は妻が自殺したことを僕に知らせなくてはならないと考えた。そしてどこからか僕の自宅の電話場号を手に入れた。しかしそれ以上の情報を僕に与える必要はないと思った。僕を知と無知の中間点に据えること、それがどうも彼の意図するところであるらしかった。どうしてだろう? 僕に何かを考えさせるためだろうか?

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 213, line 16】

   That’s neither here nor there. The bigger problem was that he didn’t explain a single thing to me. He thought he needed to let me know his wife had killed herself. And somehow he’d gotten hold of my phone number. Beyond that, though―nothing. It seemed his intention was to leave me stuck(動かない、押し付ける) somewhere in the middle, dangling (ぶらぶら揺れる) between knowledge and ignorance(無知). But why?  To get me thinking about something.

 

  まあそれは どちらでも良いこと。もっと大きな問題は、彼が私に一言の説明も与えてくれなかったことだ。自分の妻が自殺したことを私に知らせなければと考えたのだ。 どうかして、私の電話番号を手に入れたんだろう。 それにしても、それ以外は何もなかった。彼の意図するところは、知と無知の間を揺れ動く、どこか中間点のようなところに私を張り付けておくことのように思われた。でもどうして? 私に何かを考えさせるためなのか。

 

 

3:主人公が、この電話から受けた印象。 

[村上の原作]

【ページ267、最後から6行目】

夜の静寂の中で僕はその生々しい繋がりを耳にすることができた。ぴんと張った糸の緊迫を、その鋭い煌めきを目にすることもできた。そういう意味では―――それが意図的であったかどうかはともかく―――夜中の一時過ぎに電話をかけてきたことは、彼にとって正しい選択だった。昼の一時ではたぶんこうはいかなかっただろう。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 214, line 9】

In the late-night stillness, I could hear that connection, and catch a glint(煌めき) from that taut(ぴんと張る) thread. So calling me like that, after one in the morning―-whether intentional or not―-had been the right decision. If he’d called at one in the afternoon, I never would have sensed this.

 

真夜中過ぎの静寂(しじま)に、私はそのような繋がりの音を聴くことができ、そのピンと張られた弦が発する煌めきのようなものさえ掴むことができた。夜中の一時過ぎにこのような電話をかけてくることは―――意図的かそうでないかは別にして―――正しい判断であった。もし彼が、昼の一時に、この電話をかけてきたとしたなら、私はこんな精神状態にはならなかっただろう。

 

 

4:主人公は、成人になってから付き合い始めた(自殺した)彼女エムではあったが、彼女のことを、勝手に、中学の同級生であると夢想していた。 

[村上の原作]

【ページ269、7行目】

  僕は実を言うと、エムのことを、十四歳のときに出会った女性だと考えている。実際にはそうじゃないんだけれど、少なくともここではそのように仮定したい。僕らは十四歳の時に中学校の教室で出会った。たしか「生物」の授業だった。アンモナイトだか、シーラカンスだか、なにしろそんな話だ。彼女は僕の隣の席に座っていた。僕が「消しゴムを忘れたんだけど、余分があったら貸してくれないか」と言うと、彼女は自分の消しゴムを二つに割って、ひとつを僕にくれた。にっこりとして。そして僕は文字通り一瞬にして彼女と恋に落ちた。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 215, line 13 from the bottom】

     Truthfully(何気に、正直に) I like to think of M as a girl I met when she was fourteen. That didn’t actually happen, but here, at least, I’d like to imagine it did. We met when we were fourteen in a junior high classroom. It was biology class, as I recall. Something about ammonites and coelacanths(シーラカンス). She was in the seat next to mine. “I forget my eraser,” I told her, “so if you have extra, could you let me borrow it ?”  She took her eraser, broke it in two, and gave me half. And smiled broadly(口を広くあけて笑う). Like the saying goes, in that instant I fell in love.

 

   何気に、私がエムと出会ったのは、彼女が十四歳の少女の時、と夢想するのが好きなのだ。本当はそうではないのだが、少なくともここでは、そうであったと想像したい。私たちは、十四歳の中学生の時に教室で知り合ったと。そう確か、生物の授業だった。アンモナイトとかシーラカンスとかの。彼女は私の隣の席だった。私は「消しゴムを忘れちゃったんだ、もし余分なのがあれば貸してくれないか?」と彼女に言った。彼女は自分の消しゴムを二つに割って、半分をくれた。そして彼女は、私に向かって明るく微笑んだ。 よくあるように、そのとき私は一瞬にして恋に落ちた。

 

 

5:夢想:主人公は彼女エムと十四歳の時、真に正しく邂逅したのだが・・・・・

 [村上の原作]

【ページ270、10行目】

  でもそれからエムは、いつの間にか姿を消してしまう。どこに行ってしまったのだろう?僕はエムを見失う。何かがあって、少しよそ見をしていた隙に、彼女はどこかに立ち去ってしまう。さっきまでそこにいたのに、気がついたとき、彼女はもういない。たぶんどこかの小狡い船乗りに誘われて、マルセイユだか象牙海岸だかに連れていかれたのだろう。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 216, line 19】

    But before I knew it, M was gone. Where to, I have no idea. One day, I lost sight(光景) of her. I happen to glance away for a moment, and when I turned back, she had disappeared. There one minute, gone the next. Some crafty (悪賢い) sailor must have invited her to turn off (脇道に入る) with him to Marseilles, or to the Ivory Corst (象牙海岸)

 

  でも私が彼女のことをよく知る前に、エムはいなくなってしまった。どこにいったのか何も思いつかない。ある日、私は彼女を見失ってしまったのだ。ちょっと目を離した隙に、もどって見たら彼女はいなくなってしまった。あっという間に、どこかに消えてしまったのです。たぶん悪賢い船乗りが彼女をそそのかして、マルセイユとか、象牙海岸とかに連れて行ったのだろう。

 

 

6:夢想:彼女エムを捜している・・・・

 [村上の原作]

【ページ271、9行目】

  僕はいろいろな場所から、いろいろな人から、彼女のかけらを少しでも手に入れようとする。しかしもちろんそれはただのかけらに過ぎない。どれだけ多く集めても、かけらはかけらだ。彼女の核心は常に蜃気楼のように逃げ去っていく。そして地平線は無限だ。水平線もまた。僕はそれを追って忙しく移動を続ける。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 217, line 9】

   I tried to collect fragments(破片、断片) of clues(糸口、手がかり) as to her whereabouts, in all sorts of places and from all sorts of people. But these were nothing but scraps(がらくた、断片), assorted(類別する) bits (砕片)and pieces. No matter how many you collect, fragments are still just that. Her essence(核心) always vanished like a mirage. And from land, the horizon was infinite(無限). As was the horizon at sea. I busily chased it, moving from point to point――-.

 

  私は、彼女がどこに行ったのか、いろんな場所で、いろいろな人から、手がかりとなる断片を集めようとした。でも砕片や小片をどのように並べてみてもがらくた以外の何ものでもなかった。そんなものをいくら集めたとしても、断片は断片なのです。彼女の核心は、いつも蜃気楼のように消えてしまう。そして、地上にあっては地平線、海にあっては水平線は無限なのです。私は、ある場所から次の場所へと、懸命に彼女を追いかけた―――

 

 

7:実際に彼女と恋に落ちたのはずっと後、成人になってからの事です。その際の彼女とのセックスの様子。

 [村上の原作]

【ページ273、2行目】

僕と交わっているとき、彼女は僕の腕の中でひどく年老いたり、少女になったりした。僕はそういう彼女が好きだった。僕はそんなとき、思い切り強くエムを抱きしめて、彼女を痛がらせた。僕は少し力が強すぎたかもしれない。でもそうしないわけにはいかなかったのだ。僕はそんな彼女をどこにもやりたくなかったから。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 218, line 13 from the bottom】

When she lay in my arms as we made love, she would turn old one(年寄り) minute, then become a young girl in the next. She was always traveling in her own private time zone. And I loved her for that. I’d hold her tightly, so tightly that she said it hurt(傷つける). I might have held her too hard. But I couldn’t help(~しないではいられない) it. I didn’t want to give her up.

 

私たちが愛を交わすとき、彼女は腕の中で 熟女になったり 少女になったりした。彼女は、いつも自由に時間軸の中を移動していた。そして私は、そんな彼女が好きだった。ときに 強く抱きしめ過ぎてしまい、彼女が「痛いわ!」と言うこともあった。あまりにもきつく抱きしめ過ぎたのかもしれなかった。だけど、私にとっては、そうしないではいられなかった。彼女をどこにもやりたくはなかったのです。

 

 

8:エムの死が、主人公の僕に、そしてエムの夫に残す影響について。

 [村上の原作]

【ページ274、最後の行】

  エムの死を知らされたとき、僕は自分を世界で二番目に孤独な男だと感じることになる。世界で一番孤独な男は、やはり彼女の夫に違いない。僕はその席を彼のために残しておく。僕は彼がどんな人物なのか知らない。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 220, line 6】

     When I learned of M’s death I felt sure I was the second-loneliest man on the planet.

   The loneliest man had to be her husband. I reserve(予約する)that seat for him. I have no idea what kind of person he is.

 

     エムの死を知った時、間違いなく私はこの惑星で二番目に悲しい男だと確信した。

最も悲しい男は彼女の夫に違いないからだ。 一番目の席は彼女の夫に空けておくべきだろう。彼女の夫がどんな男かは知らないにしても。

 

 

9:それにしても、彼女は自分の夫に、何を思って主人公の事を話したのだろう。そしてどのように話したのだろうか。

 [村上の原作]

【ページ277、最後から8行目】

ひょっとしたらエムは僕の性器の形が美しいことを夫に教えたのかもしれない。僕は昼下がりのベッドの上で、よく僕のペニスを観賞したものだ。インドの王冠についていた伝説の宝玉を愛でるみたいに、大事そうに手のひらに載せて。「かたちが素適」と彼女は言った。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 222, line 9】

Maybe M told her husband how beautiful my penis is. When we lay in bed in the afternoon she used to lovingly hold it on her palm (手のひら) and gaze at it like she was admiring (ほめる、称賛する) the legendary crown jewels of India. “It’s sooo beautiful ,” she would say.

 

ひょっとしたらエムは彼女の夫に、私のペニスがどれくらいすばらしかったかを語ったのかもしれない。彼女と私が、ある日の午後ベッドのなかにいるとき、彼女はよく手のひらでペニスを掴みそれを見つめた、そして、まるでインドの、伝説の王冠の宝石を褒めるかのように称賛した。彼女は言うかもしてない「すごーく素敵よ!」と。

 

 

10:主人公の想像:彼女エムの夫が、主人公に嫉妬した理由を考えてみると。 

[村上の原作]

【ページ278、2行目】

  たぶん、(僕にはあくまで想像するしかないのだが)彼女は自分が、中学校の教室で、僕に消しゴムの半分を与えたことを告げたのではないだろうか。とくに他意はなく、悪意もなく、ごく当たり前のささやかな思いで話として。でも、言うまでもないことだが、それを聞いた夫は嫉妬する。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 222, line 11 from the bottom】

    Probably (and I’m just imagining here) she told her husband about sharing half her eraser with me in the junior high classroom. She had no ulterior motive (他意もなく) in telling him, and she meant well(良い意味で行う). It was just a small memory from the past that she happened to share. And of course this made him jealous.

 

おそらく彼女は、(私は、ちょっと想像するのだけれど)夫にクラスルームで私に消しゴムを半分にして与えたことをしゃべってしまったのかもしれない。ほんの小さな中学時代の思い出として、他意もなく夫にしゃべってしまったのかもしれない。そして、もちろんその話は、夫を強く嫉妬さたのだ。

 

 

11:主人公とエムとの交際の実情に関する説明。

[村上の原作]

【ページ280、最後から4行目】

  僕がエムとつきあっていたのはおおよそ二年だった。それほど長い期間ではない。でも重い二年だった。たった二年、と言うこともできる。あるいは二年もの長きにわたって、と言うこともできる。それはもちろん見方によって変ってくる。つきあっていたといっても、僕らが会うのは月に二度か三度だった。彼女には彼女の事情があり、僕には僕の事情があった。そして残念ながら、僕らはそのときもう十四歳ではなかった。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 224, line 2 from the bottom】

   M and I went out for about two years. Not a very long time.  But a substantial (実のある) two years. Only two years, you could say. Or a long two years. It all depends on your viewpoint.  I say we “went out (交際する、外出する) ,” but really we only saw each other two or three times a month. She had her reasons, and I had mine. At this point(この時点では) we were, unfortunately, no longer fourteen.

 

  エムと私はほぼ二年間つきあった。長い期間とはいえない。ただ、実のある二年間だった。 わずか二年ともいえるし、二年間もの長きにわたってともいえる。それはひとえに、その期間をどう見るかによって違ってくる。私が言えるのは、ふたりが会っていたのは月に二,三回だったのですが、「ふたりは確かに付き合っていた」ということです。彼女には彼女の理由があり、私には私の事情があった。 この時には私たちは、残念ながら もはや十四歳ではなかったということなのです。

 

 

12:主人公と彼女が性交している時の状況の説明。ここにでてくる「エレベーター音楽」というフレーズは、村上がエレベーターでかかっている音楽を揶揄する際の 決まり文句クリーシェィ)。 

[村上の原作]

【ページ282、4行目】

  セックスをするときもそうだった。そこにはいつもエレベーター音楽が流れていた。僕は彼女を抱きながら、いったい何度パーシー・フェイスの『夏の日の恋』を聴いたことだろう。こんなことを打ち明けるのは恥ずかしいが、今でもその曲を聴くと、性的に昂揚する。息づかいが少し荒くなり、顔が火照る。パーシー・フェイスの『夏の日の恋』のイントロ聴きながら性的に昂揚する男なんて、世界中探してもたぶん僕くらいだろう。いや、彼女の夫だってそうかもしれないな。そのスペースはとりあえず残しておこう。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 223, line 1 from the bottom】

    It was same when we had sex. She was always playing music in bed.  I don’t know how many times I heard Percy Faith’s “A Summer Place(夏の日の恋)” when we were doing it.  It’s a little embarrassing to say this, but even now I get pretty aroused whenever I hear that tune(メロディー)―-my breathing ragged(不調和の), my face flushed. You could scour(捜し回る) the world and I bet(断言する) you’d only find one man―-me―-who goes horny(性的に興奮した) just hearing the intro to “A Summer Place.”  No ――maybe her husband does too.  Let’s leave that possibility open. 

 

  私たちがセックスをしているときも同じだった。彼女は常にベッドで音楽をかけていた。私たちがセックスをしているとき、いったい何度パーシー・フェイスの『夏の日の恋』を聴いたことだろう。こんなことを言うのは少し恥ずかしいのだが、私はあのメロディーを聴くと興奮して呼吸は荒くなり顔が紅潮するのだ。世界中を捜してもあの曲、『夏の日の恋』のイントロを聴いて興奮する男なんて私くらいのものだろう。 いや、彼女の夫もそうかもしれない。その可能性については私の見解は留保したい。

 

 

13:主人公が、ご主人から突然、《彼女の死のみ》の情報を得て、いま思うところ。

 [村上の原作]

【ページ284、後ろから4行目】:英文では『夏の日の恋』と訳せないが、日本で流行った音楽なので、そのままの名称を使用した。

 

  エムが今、天国―――あるいはそれに類する場所―――にいて、『夏の日の恋』を聴いているといいと思う。その仕切りのない、広々とした音楽に優しく包まれているといいのだけれど。ジェファーソン・エアプレインなんかが流れていないといい(神様はたぶんそこまで残酷ではなかろう。僕は期待する)。

 

[Gabrielの英語翻訳と、わたしの日本語訳]

【Page 227, line 6 from the bottom】

    I hope that M is in heaven now―-or somewhere like it―-enjoying “A summer Place.” Gently enveloped(包まれる) by that open, boundless music. I just hope there’s no Jefferson Airplane playing.  (Surely God wouldn’t be that cruel (無慈悲な).)

 

  私は、エムが今、天国――-あるいは、それに類したところ―――にいて『夏の日の恋』を楽しんでいることを期待する。その広々とした境目のない音楽に包まれていることを。ジェファーソン・エアプレインの楽曲なんかじゃないことを私は心から願っている(いくらなんでも神様はそんな無慈悲なことはしないだろう)。

 

 

[考察]

ここでは短編小説にも関わらず、十三ヶ所の(ほぼ)パラグラフの日本語がどのような英文に翻訳されているかについて詳細に検討してみた。 私はGabrielの翻訳英文を、逐語訳と《意訳》の範囲があるとしたら、特定のセンテンスでは《意訳》という範囲を、多少越えて英語和訳してみた。

 明らかになったことは、英文翻訳者Gabrielの翻訳文が非常に原文に忠実であるとい事実です。彼の翻訳には《意訳》の要素は非常に少なく、そのためか村上原文の持つ不思議な何かがなくなっている感じもあるが、ただそれが何かと問われると、わたしの言葉は プレバトの梅沢さんのセリフ―――今、急に言われても―――になる。もちろん、原作とは少し異なった空気感のセンテンスになっている部分もあるが、指摘するのがためらわれるほど微細である。

 

ところで短編小説の場合には、原著者と創作性を競うぐらいの鋭い翻訳(強めの意訳のみならず、異訳をも含む)であるならば、私は許してあげたい気持ちがする。その最大の理由は、《原作の枠を越えない翻訳》の意味するところは、物語のエッジが必然的に丸くなってしまい、読者にとっては劣化した物語を読ませられていることに他ならないと思うからです。 文庫本の小説の最後に付く、プロの手による《解説》に似ている?

こういうことをアナロジーとして使うのが適当か否かはわからないが、例えばエッジが効いていないスピード・スケートほど最悪のものはありません。直線でスピードは出ない、カーブは上手く曲がれない、ほとんど転倒するしかないのです。それと同じことが文学でも避けられないと私は思います。

 

 

 お疲れ様でした。カップになみなみのコーヒーでも。

 

 

使用小説

1.  Men Without Women: Stories (英語) ペーパーバック、Haruki Murakami (著),  Translated from the Japanese by Philip Gabriel and Ted Goosen,  出版社: Vintage (2018/5/17)

 

2.  女のいない男たち : (日本語) 単行本 ハード・カヴァー、 村上 春樹  (著)、 出版社: 文藝春秋 (2014/4/18)