村上春樹の「手紙の正しい書き方?」

特に、「緑」からの手紙は秀逸。 瞬間的に このような手紙を書いてみたいものです。 

 

二つの手紙共、ほんとうに悲しくて哀しい。

 

 

 

小説のなかに出てくる手紙といえば、東野圭吾の『手紙』というすばらしい物語があります。 また、『秘密』は、彼の最高傑作だと思います。

 

 

 

 

『ノルウェイの森』をあまりご存知ないかたにとっては以下の文章を『何のこっちゃ?』でしょうが、読んだことのある方は『ああ、そうかもね』と言ってくれるのではと期待します。 『ノルウェイの森』の下巻です。

 

 

学校の授業・講義ではありませんので唐突感満載ですが。

 

 

―――――――――――――― 第一の手紙 ――――――――――――――――

 

主人公は、京都山奥の療養所への二回目の訪問を果たし、そしてこの世界に帰ってきます。 主人公ワタナベ君は、その数日間の訪問を十分に楽しみました。 直子、そしてレイコさんとの充実した時間を得たと確信します。

 

主人公 は直子の症状が回復の方向にあると感じ、そう遠くない将来、主人公のもとへ帰ってくるとの確信を抱いたのです。

 

そして、直子が復学した際に、ふたりで住むことのできる家(半分が大家さん、半分を主人公の庭付き戸建)を借りた旨の手紙を直子に書くのですが、それに対する返事は一向にもたらされません。

 

そんな折、レイコさんからの手紙が届きます。

 

 

 

はじめにレイコさんは、手紙の返事が大変遅くなったことを謝っていた。 直子はあなたに返事を書こうとずっと悪戦苦闘していたのだが、どうしても書き上げることができなかった。

私は何度もかわりに書いてあげよう、返事が遅くなるのはいけないからと言ったのだが、直子はこれはとても個人的なことだし、どうしても自分が書くのだと言い続けていて、それでこんなに遅くなってしまったのだ。

 

いろいろ迷惑かけたかもしれないが許してほしい、と彼女は書いていた。

 

 

[手紙本文]

 

あなたもこの一ヵ月 手紙の返事を待ちつづけて苦しかったかもしれませんが、直子にとってもこの一ヵ月はずいぶん苦しい一ヵ月だったのです。それはわかってあげて下さい。正直に言って今の彼女の状態はあまり好ましいものではありません。彼女はなんとか自分で立ち直ろうとしたのですが、今のところまだ良い結果は出ていません。

 

考えてみれば最初の徴候はうまく手紙を書けなくなってきたことでした。十一月のおわりか、十二月の始めのころ  からです。

 

「十一月のおわりか、十二月の始めのころ」 たったこの一文で、物語(手紙)の真実さが担保されます。これが「十二月の始めのころ」だけではいけないのです。たぶん。 

 

 

それから幻聴が少しずつ始まりました。彼女が手紙を書こうとすると、いろいろな人が話かけてきて手紙を書くのを邪魔するのです。彼女が言葉を選ぼうとすると邪魔するわけです。しかしあなたの二回目の訪問までは、こういう症状も比較的軽度のものだったし、私も正直言ってそれほど深刻には考えていませんでした。私たちにはある程度そういう症状の周期のようなものがあるのです。でもあなたが帰ったあとで、その症状はかなり深刻なものになってしまいました。

 

彼女は今、日常会話するのにもかなりの困難をおぼえています。言葉が選べないのです。それで直子は今ひどく混乱しています。混乱して、怯えています。幻聴もだんだんひどくなっています。

 

私たちは毎日専門医をまじえてセッションをしています。直子と私と医師の三人でいろんな話をしながら、彼女の中の損なわれた部分を正確に探りあてようとしているわけです。私はできることならあなたを加えたセッションを行いたいと提案し、医師もそれには賛成したのですが、直子が反対しました。

 

彼女の表現をそのまま伝えると

 

『会う時には綺麗な体で彼に会いたいから』

 

というのがその理由です。

 

問題はそんなことではなく一刻も早く回復することなのだと私はずいぶん説得したのですが、彼女の考え方は変わりませんでした。

 

前にもあなたに説明したと思いますがここは専門的な病院ではありません。もちろんちゃんとした専門医はいて有効な治療は行いますが、集中的な治療をすることは困難です。

ここの施設の目的は患者が自己治療できるための有効な環境を作ることであって、医学的治療は正確には そこには含まれていないのです。 

だからもし直子の病状がこれ以上悪化するようであれば、別の病院なり医療施設に移らざるを得ないということになるでしょう。

私としても辛いことですが、そうせざるをえないのです。もちろん、そうなったとしても治療のための一時的な『出張』ということで、またここに戻ってくることは可能です。

 

あるいはうまくいけばそのまま完治して退院ということになるかもしれませんね。いずれにせよ私たちも全力を尽くしていますし、直子も全力を尽くしています。あなたも彼女の回復を祈っていてください。そしてこれまでどおり手紙を書いてやって下さい。

 

三月三十一日

 

                            石田玲子  

 

 

手紙を読んでしまうと僕はそのまま縁側に座って、すっかり春らしくなった庭を眺めた。庭には古い桜の木があって、その花はほとんど満開に近いところまで咲いていた。風はやわらかく、光はぼんやりと不思議な色あいにかすんでいた。

少しすると「かもめ」がどこかからやってきて縁側の板をしばらくひっかいてから、僕の隣で気持ち良さそうに体をのばして眠ってしまった。

 

 

 

―――――――――――――― 第二の手紙 ――――――――――――――――

 

主人公が大学で久しぶりに緑と会話するのですが、僕が、会話に集中できないままであることを「ミドリ:緑」に気づかれてしまいます。

 

  そしては、実は怒り(哀しさ)でいっぱいの心を押しとどめて

 

「私、姉と銀座で待ち合わせがあるから」

 

と、なんでもなかったように主人公と別れます。

以下そのシーンです。

 

 

小説本文:

 

・・・・・・・喉が渇いたと緑が言って、僕は近所の菓子屋でコーラを二本買ってきた。 そのあいだ彼女はレポート用紙にボールペンで こりこりと何かを書きつけていた。なんだいそれって僕が訊くと、「なんでもないわよ」 と彼女は答えた。

 

三時半になると彼女は私そろそろ行かなきゃ、お姉さんと銀座で待ち合わせしているの、と言った。我々は地下鉄の駅まで歩いて、そこで別れた。

 

別れ際に緑は 僕のコートのポケットに四つに折ったレポート用紙をつっこんだ。

 

そして家に帰ってから読んでくれと言った。僕はそれを電車の中で読んだ

 

 

前略。

今あなたがコーラを買いに行ってて、そのあいだにこの手紙を書いています。ベンチのとなりに座っている人に向かって手紙を書くなんて私としてもはじめてのことです。でもそうしないことには私の言わんとすることはあなたには伝わりそうにありませんから。 だって私が何言ったってほとんど聞いていないんだもの。 そうでしょ? 

 

ねえ、知ってますか? あなたは今日私にすごくひどいことをしたのよ。 あなたは私の髪型が変わっていたことすら気が付かなかったでしょう? 

 

私少しずつ苦労して髪をのばしてやっと先週の終りになんとか女の子らしい髪型に帰ることができたのよ。あなたはそれにすら気がつかなかったでしょう? なかなか可愛くきまったから久しぶりに会っておどろかそうと思ったのに、気がつきもしないなんて、それはあんまりじゃないですか?

 

どうせあなたは私がどんな服着てたかも思い出せないんじゃないかしら。

 

私だって女の子よ。

  

いくら考え事をしているからといっても、少しくらいきちんと私のことを見てくれたっていいでしょう。たったひとこと、

 

『その髪、可愛いね』

 

とでも言ってくれれば、そのあと何をしたってどれだけ考えごとをしてたって、私はあなたのこと許したのに。

 

だから今あなたに嘘をつきます。 

 

お姉さんと銀座で待ち合わせいるなんて嘘です。 私は今日あなたの家に泊るつもりでパジャマまで持ってきたんです。そう、私のバッグの中にはパジャマと歯ブラシが入っているのです。 

 

ははは、馬鹿みたい。

 

 だってあなたは家においでよとも誘ってくれないんだもの。 でもまあいいや、あなたは私のことなんかどうでもよくて 一人になりたがっているみたいだから一人にしてあげます。 一生懸命いろんなことを心ゆくまで考えていなさい。

 

でも私はあなたに対してまるっきり腹を立てているというわけではありません。 

 

私はただ淋しいのです。だってあなたは私にいろいろと親切にしてくれたのに私があなたにしてあげられることは何もないみたいだからです。

 

あなたはいつも自分の世界に閉じこもっていて、

 

私がこんこん、ワタナベ君、こんこんとノックしても ちょっと目を上げるだけで、

 

またすぐもとに戻ってしまうみたいです。

 

 

 

今コーラを持ってあなたが戻ってきました。考え事をしながら歩いているみたいで、

 

転べばいいのに と私は思っていたのに転びませんでした

 

あなたは隣に座ってごくごくとコーラを飲んでいます。 コーラを買って戻ってきたときに

 

「あれ、髪型変わったんだね」

 

と気づいてくれるかなと思って期待していたのですが駄目でした。

 

もし気がついてくれたらこんな手紙びりびりと破って、

 

『ねえ、あなたのところに行きましょう。おいしい晩ごはん作ってあげる。それから仲良く一緒に寝ましょう』

 

って言えたのに。 でもあなたは鉄板みたいに無神経です。

 

 さようなら。

 

 

P.S. 

 

この次教室で会っても話かけないで下さい。

Don’t touch me in next time.

 

 

吉祥寺の駅から緑のアパートに電話をかけてみたが誰も出なかった。

とくにやることもなかったので、僕は吉祥寺の町を歩いて、大学に通いながらやれるアルバイトの口を探してみた。

・・・・・・・

夕食のあとでに手紙を書こうとしたが何度書きなおしてもうまく書けなかったので、結局直子に手紙を書くことにした。

 

[おわり]

 

 

 

※:P.S. は、もちろん日本語で「追伸」のことですが、今はPCの時代で、P.S. が何の略語か知らない方も たまにおります。 Post-script([本文を書いた後で] の意味)の頭文字。

 

ビートルズの楽曲で有名[ピーエス・アイ・ラヴ・ユー、P.S . I Love You] という非常に短い曲があります。

日本語で書けば、追伸:愛してます

 

もちろんメールの最後にも使えます。  P.s. 愛してます。 

 

 

 

[ P.S. I Love You ]  ビートルズ: 歌詞、 緑の手紙のような内容? かなり無理筋です。

作詞・作曲 ポール・マッカートニー (レノン=マッカートニー):簡単な曲ですが、曲の最後、you, you, you のところが印象的。頭(耳)に残る?


As I write this letter, send my love to you

この手紙 僕の愛をこめて送るよ

Remember that I'll always be in love with you

ずっと 君に首ったけって おぼえていてね

Treasure these few words 'til we're together

ふたたび会えるその日まで 言葉の宝物を
Keep all my love forever

僕のすべてを いつまでも
P.S. I love you,  you, you, you

追伸: 愛しているよ 君を 君を 君を

 

I'll be coming home again to you, love

いつかきっと 君のもとに帰るから
And  'til the day I do love

ほんとに愛せるその日まで
P.S. I love you,  you, you, you

追伸: 愛しているよ 君を 君を 君を

 

As I write this letter, send my love to you
Remember that I'll always be in love with you
Treasure these few words  'til we're together
Keep all my love forever
P.S. I love you,  you, you, you

 

As I write this letter, oh, send my love to you

Remember that I'll always be in love with you

I’ll be coming home again to you, love

And  ‘til the day I do love
P.S. I love you,  you, you, you

you, you, you

I love you.

 

https://www.youtube.com/watch?v=EXM96I1kCrQ

https://www.youtube.com/watch?v=qsl_bVpUNgU

 

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1年前の今日、わたしが upload したブログです。

 

1年前の今日あなたが書いた記事があります

彼がその夜話すことになっていた最後の、『7番目の男』だった。 彼は、歳のころ50代半ばに見えた。

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使用書籍

ノルウェイの森 (下)  (講談社文庫) ペーパーバック – 2004/9/15

村上 春樹 (著)