『レストランの読書』「 ランゲルハンス島の午後」から。
私は、和風レストラン『まるまつ』のゆるさが好きなのです。本当に暇なとき、ぼろい文庫本を一冊ポケットに入れ『まるまつ』に行きます。 ここは、こちらが採算の心配をしてしまうぐらい客もまばらで、それをいいことにコーヒーを注文してちびちび飲みながら悠然と本を読みます。 その気楽さは昔の喫茶店に匹敵します。
ただ、『まるまつ』って背景音楽かかっていたかどうかの記憶があいまいです。
これは「まるまつ」 ではありませんが・・・・
本文:
若者向けの雑誌が、よく「シティー・ライフ云々」といった特集を組んでいるけれど、そういうのは実際に都市に住んで気持ちよく暮らそうと思う人間にはあまり役に立たないんじゃないかという気がすることが多々ある。
たとえば、女の子とデートしていて、相手が午後三時半に六本木の交差点で急に
「私、トイレに行きたいんだけど・・・・」
と言いだしたときどこに連れていけばいいか、といったようなことはそういう雑誌の特集には絶対に書いていない。そうした、細かい現実的情報は自分の足でコツコツと探して頭に刻み込んでいくしかなくて、けっこう面倒なわけだが、この手の末端作業をマメにやっていると、生活は時に思いもかけぬほど滑らかに、そしてイージー ※ に流れていくことになる。
※:「イージー」と言えば。 村上があるエッセイに書いて(歌って?)おりました。脈絡は不明ですが・・・妙 に記憶に残っております。
♪ 赤い靴 はぁいてたぁー女の子ぉー イージー さに連れられて いーちゃっーたー
(女の子が、不用意に知らない人についていき誘拐されてしまった、・・・・だそうです)
たとえば、音楽の流れていない感じの良いゆったりとした喫茶店をいくつか確保しておくのも大切なことである。人混みの中を歩き回って気持ちが くしゃくしゃしてきた時なんか、こういうオアシスの如き店に辿りついてゆっくりコーヒーを飲んでいると、頭の中の絡みが静かにほぐれていくのが感じられる。人と大事な話があるときもこういう店をひとつ知っていると便利である。大音量でかかっている スティーヴィー・ワンダーの『パートタイム・ラヴァー』に対抗して
「あのねえ、今度の日曜日にもしよかったら―――」なんて怒鳴らなくても済む。
洒落た喫茶店はいくらでも(?)あるけれど、静かな喫茶店というのは急に探してもまずみつからないので、知っていると意外に役に立ちます。
町で本を読みたいと思ったときは、なんといっても午後のレストランがいちばんだ。静かで、明るくてすいていて、椅子の座り心地が良い店をひとつ確保しておく。
ワインと軽い前菜だけででも嫌な顔をしない親切な店が良い。
町に出て時間が余ったら書店で本を一冊買い、その店に入ってちびちびと白いワインを舐めながらページを繰る。
こういうのってすごく贅沢で気分の良いものである。チェーホフなんか読んでいると、情景的にすごく似合いそうである。
このような類の ささやかな生活のコツはとくに誰かがわざわざ教えてくれるわけでもないし、そういう意味では東京に住むのも、グリーンランドの雪原に住むのも、たいした違いはないのかもしれない。
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象と飼育員さんとの愛の物語:村上原作の『象の消滅』と英語版『エレファント・ヴァニシュ』との比較。
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使用書籍
ランゲルハンス島の午後 (新潮文庫) 文庫 – 1990/10/29