「神の子どもたちはみな踊る」から、『かえるくん、東京を救う』について、中程度の長さにまとめてみました。わたしの偏見も当然のことですが、大いに含みます。さすがに すべて偏見ではないと信じます・・・・とにかく村上の最高短編小説のひとつ。

 

今日は、「関東大震災」から100年目だったんですね。忘れておりました。 東京に、これほどまでに何もかにも集中してしまって、本当に大丈夫なのですかね? 「かえるくん がいる!?」、そうですね・・・・・「非かえるくん」なら。

 

 

中途半端に何か書かれると、読む興味が殺がれる作家(作品)がおりますが、村上の作品に限っては絶対にそれはありません。彼の作品は、短編であっても「重層性」があるのです。読み手に依存して主題さえもかわり(冗談です。さすがに主題は変わりません)、とうぜん興味の焦点も変わりますこれは、ほんとです)。

 

 

 

「神の子どもたちはみな踊る」の文庫版、私のはアマゾンの中古本で、表紙は寂寥感あふれるやつで、まさに神戸の地震関連なのですが、現在の表紙は「かえるくん」です。

この短編『かえるくん、東京を救う』は人気があるんですよね。

 

 

 

 

これは、「かえるくん」と相棒の片桐が、東京を破壊から救う話なのですが 少し視点をカエルと、私たちのより身近な所にいる「片桐」を救う話なのです。

 

 

【誰かが、心優しい誰かがこの世界を、かろうじて前に進めている。そう、親切な誰かがこの世界と次の世界をトランスポートする「機関車」になってくれている。「かえるくん」「誰よりも」そんなあなたを、私たちの代表「片桐」が好きなのです】

 

上記は、物語の最後「かえるくん」が、こちらの世界から あちらの世界に帰る際に、片桐の心に残したフレーズ、「機関車」「誰よりも」を再構築したものです。

 

   トランスポート・ヴィークル 999

 

「かえるくん」は、片桐を恢復させるために現れた。もちろん、東京大震災を防ぐためでもありますが・・・・。

 

恢復(かいふく)

1.  悪い状態になったものが、もとの状態に戻ること。もとの状態に戻すこと。

2.  一度失ったものを取り返すこと。

 

この物語は、あの神戸大地震からの「日本の回復の物語」でもありますが、銀行の貸付処理で 汚れちまった悲しみに 「片桐 40歳、独身、身長160 cm、東京の信用金庫 融資管理課」の 恢復の物語です。 いや、これこそが主題の物語なのです。(とテストで書いたら間違いなく不正解です)

 

私は、この片桐に重ねる俳優がおります。寺島 進さんです。身長といい、肝の据わり方といい。一旦自分の心に、彼の映像が浮かんでしまうと消すことができないのです。もし、すでに映画化されており、違うすてきな俳優さんが演じているとしたら ごめんなさい。

 

 

彼、片桐は、要するに返済金(貸付金)の取り立て係です。

長年の責務で、たいていの人の心は壊れます。あるいは片桐のように、何かの理由で、すでに 心がこわばった人 にしか務まりません。

 

 

 

例によって、やっと本題:物語を少しだけ羅列してみます。

 

[片桐とかえるくん、の出会いの場面]

 

片桐がアパートの部屋に戻ると、巨大な蛙が待っていた。二本の後ろ脚で立ち上がった背丈は2メートル以上ある。体格もいい。身長1メートル60センチしかないやせっぽちの片桐は、その堂々した体躯に圧倒されてしまった。

 

 

「ぼくのことは  かえるくん と呼んでください」と蛙はよく通る声で言った。

 

片桐は言葉を失って、ぽかんと口を開けたまま玄関口に突っ立っていた。

「さあ、片桐さん。早くドアを閉めて、靴を脱いで」

「ねえ片桐さん」とかえるくんは言った。「お留守中に勝手に上り込んでしまって、申し訳ありません。・・・・お湯を沸かしておきました」

 

片桐はまだ言葉を失ったままだった。

ここはひとつ落ちつかなくては、と片桐は思った。

 

「ひょっとして、あなたはどこかのクミの関係者じゃありませんよね?」

「どこの暴力団が蛙なんかを雇いますか?そんなことをしたら世間のいい笑いものじゃありませんか」

「もし、あなたが返済金の交渉に来られたのなら、それは無駄ですよ」と片桐は、きっぱりと言った。

 

「・・・・借金の返済とは関係のない話です。ぼくが、ここにやってきたのは、東京を破壊から救うためです

 

 

「ねえ、かえるさん」と片桐は言った。

「かえるくん」とかえるくんは、指を一本立てて訂正した。

「ねえ、かえるくん」と片桐は言い直した。「・・・・今ここで何が起こっているのか、理解できていないんです。それで、少し質問していいですか?」

 

「あなたは、本物の蛙ですよね?」

「もちろん、ごらんのとおり本物の蛙です。・・・・ちょっと鳴いてみましょうか?

 

げええこ、うぐっく、げえええええこおお、うぐっく。

 

「わかりました。・・・・たしかに本物の蛙だ」

 

片桐は、気持ちをおちつかせるために、・・・茶を一口飲んだ。

「東京が破壊するのを防ぎたいとおっしゃいましたね?」

「申し上げました」

「それはいったいどんな種類の破壊なのですか?」

「地震です」とかえるくんは重々しい声で言った。

 

 

「とてもとても大きな地震です。地震は、2月18日の朝8時半頃に東京を襲うことになっています。つまり、三日後ですね。先月の、神戸の地震より更に大きなものになるでしょう。・・・・震源地は新宿区役所のすぐ近く、いわゆる直下型の地震です」

「新宿区役所の近く?」

 

「正確に申し上げますと、東京安全信用金庫新宿支店の真下ということになります」

 

重い沈黙が続いた。

 

「それで、つまり」と片桐は言った。「あなたが、その地震を阻止しようと?」

 

「そういうことです」と、かえるくんはうなずいて言った。そのとおりです。ぼくが片桐さんと一緒に、東京安全信用金庫新宿支店の地下に降りて、そこで 「みみずくん」を相手に闘うのです」

 

 

片桐40歳は、信用金庫融資管理課の職員として、これまで様々な修羅場をくぐり抜けてきた。・・・・資金が焦げ付くことがあり、そんな場合に出向くのが片桐たちの仕事だ。片桐も返済の催促に行って、何度かやくざに周りを囲まれ、殺してやると脅されたことがある。しかし、特に怖いとは思わなかった。

 

しかし今、片桐はかえるくんを前にして、途方に暮れていた。いった、これは何の話なんだ?

 

「 みみずくん?」

 

みみずくん、とはいったい誰のことですか?」と、片桐はおずおずと尋ねた。

みみずくん は地底に住んでいます。巨大な みみずです。腹を立てると地震を起こします。そして今、みみずくんは、ひどく腹を立ててます」

「何に対して、腹を立てているんですか?」

 

「わかりません」と かえるくん は言った。

 

「彼は、何も考えていないのだと僕は推測します。彼は、響きや震えを身体に感じとり、ひとつひとつ吸収し、蓄積しているだけなのだと思います。そして、それらの多くは何かしらの化学作用によって、憎しみというかたちに置き換えられます。どうして、そうなるのかは、わかりません」

 

かえるくんは、しばらく片桐の顔を見て、黙っていた。

 

みみずくんの心と身体は、長いあいだに吸引蓄積された様々な憎しみで、これまでにないほど大きく膨れ上がっています。おまけに、彼は先月の神戸の地震によって、心地の良い深い眠りを唐突に破られたのです。・・・・それなら、自分も、この東京の街で大きな地震を引き起こしてやろうと決心したのです

 

「それで」と片桐は言った。「あなたと私の、ふたりで地下に潜り、みみずくんと闘って、地震を阻止する?」

 

「そのとおりです」

 

かえるくんは、片桐を相棒として選んだ理由を、信用したわけを話します。

 

「片桐さん。実際に闘う役はぼくが引き受けます。でも、ぼく一人では闘えません。ぼくには、あなたの勇気と正義が必要なんです。・・・後ろにいて『かえるくん、がんばれ。大丈夫だ。君は勝てる。君は正しい』※と声をかけてくれることが必要なのです」

 

※:後味の悪くない程度の応援は、闘いにはどうしても必要なのです。あぁ、自分は孤立していないんだ・・・・と思うだけで力が湧いてくるものです。

 

 

かえるくんは計画を教えてくれた。地震の1日前の真夜中に地下に降りる。東京安全信用金庫の地下ボイラー室にある、壁の一部を剥がすと竪穴があり、縄梯子を使って、50メートルばかり降りると、「みみずくん」がいる場所にたどりつける。

 

「闘うための作戦のようなものがあるのですか?」

 

「作戦はあります。作戦なしに勝てる相手ではありません。なにしろ、口と肛門の区別もつかないようなヌルヌルした奴だし」

 

「どんな作戦ですか?」

「それは、言わぬが華でしょう」

「もし私が、最後の瞬間になって、怖気づいてその場から逃げだししたら、かえるさんは。どうするのですか?」

「かえるくんとかえるくんは訂正した。

 

「ひとりで闘います」と かえるくん はしばし考えてから言った。

 

 

予期せぬ出来事が起こる:

2月17日(地震予定日の前日:二人で地下に潜る日)の夕方、信用金庫に戻ろうと新宿の路上を歩いている時、片桐は狙撃された。

 

 

目が覚めた時、ベッドに横たわっていた。

 

そうだ、俺は道路を歩いているときに誰かに撃たれたんだ。・・・・痛みはない。いや、痛みだけではなく、感覚というものがまったくない

 

 病室には窓がなかった。昼か夜かもわからない

 

「すみません」と片桐は看護婦に声をかけた。

「ああ、やっと気がついたんですね。よかった」と看護婦が言った。

「今は何時ですか?」

「9時15分」

「夜の?」

 

「いやだ、もう朝ですよ」

 

「今日の朝、東京に大きな地震は起きなかった?」

 

看護婦は首を振った。

 

「ところで、私の傷はどうですか?」

「傷?」と看護婦は言った。「傷って、どの傷?」

「撃たれた傷」

「撃たれた?」

「拳銃で。信用金庫の入り口近くで、たぶん右の肩あたり」

「困りましたね。片桐さんは拳銃で撃たれてなんかいませんよ」

 

「片桐さんは、昨日の夕方、歌舞伎町の路上で昏倒しているところを発見されたんです」

 

続けて看護婦が言います「昨夜はひどくうなされていましたよ。・・・・何度も何度も大声で『かえるくん』 と叫んでました。お友達のあだなか何かでしょうか?」

 

片桐は目を閉じて心臓の鼓動に耳を澄ませた。

 

 

その日の夜中に、かえるくんが病室にやって来た。

かえるくんはスチールの椅子に腰を下ろし、壁にもたれかかっていた。とても疲れているように見えた。大きく飛び出した緑の目は、横一本のまっすぐな線になって閉じられていた

 

「かえるくん」と片桐は呼びかけた。

「・・・・約束どおり真夜中にボイラー室に行くつもりでいたんです。でも、夕方に予期せぬ事故にあって、この病院に運び込まれてしまった」

 

かえるくんは、かすかに首を振った。「よくわかっています。でも大丈夫、心配をすることはありません。片桐さんはぼくの闘いをちゃんと助けてくれました

 

「ぼくは みみずくん を打ち破ることはできませんでした」と言ってかえるくんは目を閉じた。

「地震を阻止することはどうにかできましたが、みみずくんとの闘いでぼくにできたのは、何とか引き分けに持ち込むことだけでした。・・・・・でもね、片桐さん」

 

「なんだい?」

 

「ぼくは、純粋な かえるくん ですが、それと同時に、非かえるくん の世界を表象するもの でもあるんです」

 

「私には、よくわからないな」

 

「ぼくにも、よくわかりません」とかえるくんは目を閉じたまま言った。「・・・・目に見えるものが本当のものとはかぎりません。ぼくの敵は、ぼく自身の中のぼくでもあります。ぼく自身の中には、非ぼくがいます。 ぼくの頭は、どうやら混濁しています。

 

あぁ、やっと向こうから【機関車】がやってきます。でも、ぼくは片桐さんに、その事を理解していただきたいのです

 

かえるくん、君は疲れているんだ。眠れば回復する」

 

 

物語の、最後のシーン:

病院のベッドで、現実と夢の狭間、自身を助けてくれた かえるくん に思いをのせて、片桐は、想うのです・・・・。

 

「機関車」片桐はもつれる舌で言った、そして「誰よりも」・・・・。 それから目をとじて、夢のない静かな眠り ※ に落ちた。

 

 

 

睡眠、今では多くのかたが、レム睡眠 とノン・レム睡眠 の二つに分類されることを知っております。レム睡眠は夢見る睡眠ノン・レム睡眠は爆睡です。

 

 

ヒトは一晩の間、5-6回の睡眠の波があります。波のピーク谷の深さ、負の方向は睡眠の深さを示します)は、眠ってから最初の波が最も深く、朝の目覚めに近くなるほど谷のピークは徐々に浅くなります。眠りの浅い時に「夢」が出現しますですから、ゆうべは「夢」がいっぱい、という方は睡眠が浅かったということです。もちろん 阿佐ヶ谷姉妹 は無関係です。

 

 

 

 

使用書籍

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫) 文庫 – 2002/2/28

村上 春樹 (著)