伊坂幸太郎『ゴールデン・スランバー』の最後の場面に焦点を当ててみます。
感情を書くのは野暮なのですが・・・・、言わないではいられないのです。
[物語の超概要]
もと、宅配トラック運転手青柳春馬が国家権力の陰謀により首相暗殺犯に仕立て上げられ、これまでの仲間、あるいは恋人 樋口晴子 に助けられて、最後は自らの顔を変えることにより追跡から逃げ切る。
シドニー・シェルダンの『追跡』よりハラハラします。
オーソン・ウェルズ の語りで英会話の勉強したのですが、駄目なものはダメでした。
物語『ゴールデン・スランバー』の最後の場面を紹介してみます:
国家権力の罠にはめ込まれた青柳春馬は、最後は整形までして警察の執拗な追求から逃げきります。
一方、「青柳春馬」がどうしても必要な警察は、整形で青柳春馬に似せた男の港湾での自殺体、ということですべてが闇に葬られます。
落着という国家権力の体面をつくりあげます。
それから、ほぼ二ヶ月半が経ったある日、青柳春馬は久しぶりに商業ビルの最上階に行き食事をとりながら仙台の街並みを眺めているのですが、自分の置かれた境遇の圧倒的変化にどうしても こぼれてくるものがあるのです。
青柳春馬は虚しくエレベーターに乗り、一階に戻ろうとします。
そのシーンを再現してみます:
仙台駅に戻ると、隣接する十階建ての商業ビルに入った。一ヶ月前にできたばかりらしいが、さほど混んでもおらず、最上階で一人きりで食事をとった。雪があちらこちらに残る市街地を見下ろしながら、あの爆発事件の起きた地点を探した。あれはいったいなんだったのか。
逃げ回り、不安に潰されそうになりながら、結局は 自分の顔を変えることにまでなった。
五階で一度、エレベーターは止まった。
扉が開き、人が入ってくる。乗ってきたのは、小さな女の子とその両親の三人だった。
扉の解放ボタンを押していた青柳雅春は、その母親と思われる女性の顔を見て、危うく、声を上げそうになった。
昔の自分の彼女、樋口晴子だったのです。 慌てて、目を逸らし、目の前の階数ボタンをまっすぐに見た。
エレベーターの奥に立つ、その家族は外の景色を眺めていた。「ねえ、お母さん、これからどこに行く?」と少女が訊ねた。ちらっと窺うと彼女は、玩具の印鑑のようなものを首から下げ、振っていた。
「ほら、それ、こいう場所で使っちゃ駄目だって」
と樋口晴子が、少女の手からその玩具を取り上げようとする。
「やだよー、お父さん、取られちゃう」と少女が喚き、男性が笑った。
彼らは、当然ながら、扉の脇に立つ男が、青柳雅春だとは気付いていない。
・・・・・エレベーターが一階に到着した。青柳雅春は身体を脇に避け、扉のボタン「開」を押したままにする。顔を隠すようにしつつも、「先どうぞ」と、仕草で促した。
少女とその父親、樋口晴子が並んでエレベーターを降りていく。青柳雅春はその時に、自分が「開」ボタンを 右手の親指 で押していることに気づき、はっとした。慌てて、人差し指で押し直す。・・・・青柳雅春は、これから別の人間として生きていくのだとすれば、自分の癖も捨てなければならないのは確かだ、と思った。
三人がそのまま、右方向に進んでいくのを確認し、青柳雅春もエレベーターを降りた。樋口晴子の姿はすでになく、自分は通路を左へと歩きはじめる。
「おじさん」と後ろから声をかけられたのは、少し歩いた後だった。振り返れば、先ほどの少女が立っていた。
「お母さんが、これ、押してあげなさいって」と彼女は言うと、
ぼうっと突っ立っている 青柳雅春の左手、甲の部分に、首から下げていた印鑑を押した。
スタンプのようだった。なすがままになった青柳雅春は状況が分からず、まともな台詞が吐けず、そうこうしているうちに少女が、
「じゃあね!」
と言って、逆方向ヘ駆けていく。
左手を見下ろすと判子が押されていた。可愛らしい桜花びらのマークで、真ん中に、
「たいへん よく できました」
と文字がある。
青柳雅春はその場に立ちつくし、少女が消えていった方角をもう一度見た後で、手に口を近づけ、早く乾くようにと、ふうふう息をかけた。
【終わり】
「じゃあまたね!」
[使用小説とDVD]
1.ゴールデンスランバー (新潮文庫) 文庫 – 2010/11/29
伊坂 幸太郎 (著)
2.ゴールデンスランバー [DVD]
堺雅人 (出演), 竹内結子 (出演), 中村義洋 (監督) 形式: DVD
※:伊坂幸太郎の『フィシュ・ストーリー』も小説、映画、共にすばらしかったので、いつか紹介します。小説と映画は少し違いますが、映画の多部未華子さんも最高です。





