子供の頃、国語の教科書に
宮沢賢治「やまなし」が載っていた。
「クラムボンは笑ったよ」
「クラムボンはカプカププ笑ったよ」
・・・子供心からしてみればツカミのいい
冒頭である。まず、クラムボンとはいったい何?
から子供の興味はそそられる。
文章を読み進めて行くうちに
「クラムボンは殺されたんだ!」・・となる。
カプカプ笑っていたのに突然殺された。。
・・・は、ないだろう。
文面を追って行くと、小魚が鳥に補食された事が、
あきらかになる。しかしそこまでの結論に至る迄
「クラムボン」が小魚自体、わからないし、「殺された!」
という過激な言葉も出てきている。
まぁクラムボンは自然の摂理からして、
鳥に食われねばならない運命だったと
しても、そこまでの文章のヒッパリが長かった・・。
結局そこに、やまなしが流れてきて
沢蟹のおやじが2日ぐらい待つと
美味しいお酒になるんだ。といった晩酌の
楽しみとして文章が終わる・・。
子供心として「クラムボン!?・・・。」の
インパクトは最後には消えている・・。
文学がますます解らなくなる教材であった。

