表現統制 | 日刊つぶやき新聞

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 8月6日「はだしのゲン」 についてブログをUPした。


その後、偶然「はだしのゲン」閉架問題がでた。


 残念ながらその8/6のブログを見てみると

中沢先生の絵は

閲覧できないようになっていた。


 ブログには、結構、原爆の

ムゴさを載せたつもりだ。


 誰もムゴい事なんて見たくない。


 しかし、ムゴい現実に目をそらし、

事実を忘れ、感情に走り

ムゴさを再発するほどオロカな事は無い。


 ウラミツラミや体裁が重なり、

人間としてありえない暴力のひとつが

原水爆だ。 人災だ。


 正当な原水爆論など

絶対にありえない。


 まともな感情の人が

当時の画像を見れば、原水爆に対して

「あんな事をするのは人間じゃない」

と思う。


今日の新聞コラムにこのような記事が。


【下記引用文】


 終戦の日の政府主催・

全国戦没者追悼式に、

戦没者の妻として

参列した遺族は過去最少、

父母として参列した人はゼロだという。


 被爆者健康手帳を持つ人の

平均年齢も78・8歳になる。


 戦争を経験した作家の奥田継夫氏は、

戦時を生きた「語り部」だけでなく、

次世代の「語り継ぎ部」の育成が

急務と訴える

(創価新報8月21日付)。


終戦68年。


 たいまつのように平和の尊さを

未来に伝えることは、

現代に生きる大人が、

先の大戦で犠牲となった

方々に対して果たすべき責任であろう。


 20代の社会学者・古市憲寿氏が

『誰も戦争を教えてくれなかった』

(講談社)を著したように、

身近に戦争経験者が少なくなり、

自ら知る努力をしなければ、

戦争は机上やテレビの中の〝遠い話〟だ


【上記引用文抜粋】


 ムゴさを実体験した方の説得力に

勝るものはない。


 地獄を見た方の

表現力に勝るものはない。


 どんな体裁があるのかは知らんが

犠牲になった事もない者が、事務的に

表現統制する事に「血が通っていない」

コワさを感じる。


 実際にあった、人災 ・ 直視に耐えない

惨事に対し、体験者という「語り部」さん達

が減っていくからこそ

 明確に、リアルな輪郭を更にはっきりとし、

核そのものへの憎しみ、

核へ妥協しようとする

鬼畜の心への監視を明確にすべき時

に来ていると思う。


 外交的に、過去の遺恨があろうとも、

遺恨に対し「じゃあ、やったろか!」

「受けて立ったろか!」では

幼児性丸出しではないか。


 優先順位としてイサカイの前に対話

をするのが大人ではないか。


 ともあれ、モメゴトをあの殺人兵器に

すりかえるのは、人間のする事ではない。


 誰もが平和を望む。


 だが、平和ボケする事により 

戦争を机上やテレビの中の〝遠い話〟に

してはならない。


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