仙台市は今日も春爛漫だった。
「爛漫」と言っても飲酒欲求を
誘発している訳ではない。
仙台市若林区 木ノ下公園の
冬には当然花は咲いていない。
しかし、現実に、この通り満開!!
去年の新聞のコラムで
このような記事を発見。
【下記引用文】
冬の枯れ木を見ても、
花咲く姿を想像できない。
しかし、春になれば花が彩り、
新芽が萌える。
人間に内在する偉大な変革の力を、
御書は「木中の花」(242ページ)に譬える。
昨年11月に入会した大阪・東淀川区の
青年の蘇生劇に、胸が熱くなった。
高校2年の時、家が火事になり弟と妹を亡くした。
その悲しみから
“人を助ける仕事がしたい”と看護の道へ。
だが母が病死。
救急救命士の資格を取ったが、
妻子をも不慮の事故で失う。
努力しても報われない人生に絶望し、
働くこともできなくなった。
そんな中で巡りあった妙法だった。
必死に題目を唱えると、もう一度、
医療の現場に戻ろうという意欲が湧いた。
同志の励ましを受け、総合病院に再就職。
今春、主任に抜擢された。
「患者の苦しみも理解できるようになりました。
「私は、悲しむために
生まれてきたのではない。
悲しみを乗り越えるために
生まれてきたと思います」。
その言葉の奥に、
どれほどの“闘い”があったろう。
“宿命を使命に変える信心”という。
妙法という「希望」を抱きしめ、
苦難を乗り越えた姿は、
人間の無限の可能性の証明となり、
人々に勇気を吹き込んでいく。
爛漫の春は、
厳寒の冬があるからこそ美しい。
人生もまた同じである。(立)
【上記引用文】
壮絶な体験だ・・。
僕なら折れてしまうだろう・・。
平々凡々、または「ヒダリウチワ」の一生と
苦難を乗り越えるドラマのような
一生と、どっちが幸せなんだろう・・。
そりゃ安穏、無事故の日々が
いいに決まっている。
だが、苦難と直面しない生涯なんて、
稀だ。
人と同苦できる自分、
そして同苦してくれる友が1人でもいれば
充実を抱きしめながら生きて行けると思う・・。

