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くうのメッセージ

トラウマ開放の過程などで過去を遡って行くと、『あれっ?! こんな所でこんなわだかまりがあったのか』と気づく事がよくあります。
真実は深く、全ての体験に意味がある。そう思える瞬間です。
感じた事、伝えたい事を更新していけたらなと思います。

先日、義母がお世話になっている特別養護老人ホームにて敬老会があり、行ってまいりました。


義母がこの施設にお世話になりだしてから半年以上が過ぎましたが、かつて自宅で介護していた頃の事を思い出すとつくつく悲惨だったなと想う次第です。


落ち着きがなく常に徘徊することや、下ネタ問題になると上中下巻が書けてしまいそうなほど、いろいろな事が起きていた日々でした。


例えば、フローリングの部屋で立ったまま放尿されてしまったら、それがどのような惨事となってしまうか。


普段我慢しているのか一回の量が半端じゃなく、激しく床へ放出されたものは激しく跳ね返り飛び散ってしまうのです。


壁はびしょびしょ、床はずぶ濡れ。


さらにその床をあちこち徘徊してまわるわけで、後片づけは大変なものです。


片づけの最中にも、当の本人は汚れたスリッパで動き回わってくれ…。


特に夜の寝る間際にたくさんの問題が起こるので、介護する側からみればなかなか気が休まらないものでした。


ですから、義母が特別養護老人ホームへ入れてもらえたことに、それはとてもとても感謝しています。


義母は他のお年寄りをまねて行動するので、施設の中ではかなり落ち着いてくれてます。


そして今の特養を訪れるたびに感心するのです。


職員さんのみごとな仕事ぶりに。


一般の人が嫌がるような作業がほとんどな中、嫌な顔も見せずに黙々と作業をこなされ、そして暖かい対応をなされていました。


敬老会とは別の日に、こんな出来事がありました。


ある部屋から鼻がひんまがりそうな強烈な匂いが漂っていました。


その部屋では、寝たきりの男性の利用者を取り囲むように二人の男性職員が立って作業されていました。


大量の排泄物が海のように悲惨な状態で広がっていて、


ベッドも老人の衣類も、老人自身の体も、べっとりと汚物がこびりついていたのです。


ひどい悪臭の中、職員さんは二人がかりで黙々と、ただ黙々と作業されていました。

老人を怒ることもなく、決して乱暴に扱ったりもせず、非常に丁寧に優しく老人の体の汚れを拭ってあげていたのでした。


すごいなと思うと同時に、心が痛みました。


なぜこの人たちの賃金が不当に安いのだろう? 


夜勤だってあって、腰だって痛めやすいし、神経使う作業も多く、一般の人が避けてとおりたがる作業もたくさんある。


一生懸命まじめに働いている人たちが、他の仕事の平均の給与よりもずっと低く設定されているのはなぜなんだろう?


もちろん、こういった問題は介護の仕事だけにはとどまりません。


世の中は、どうしてそんな理不尽な不平等を生み出すのだろう?


ヒプノセラピーで過去世療法を受けた時に、私は紀元前700年頃(この数値は頭へ浮かんだもので、どの程度確かなものかはわかりません)へ戻りました。


その当時、『ローマ時代』と呼ばれていたのかどうかもわからない、初期の初期だったようです。


父はその土地の王で、兄がその跡を継ぐもので、私は2番目の王子とはいえ、その家(城)の中では非常に疎まれていました。


過去世の再体験では、まず土埃の激しい道路での人々の往来や営みを眺めていました。


この時、15、6歳くらいの少年だった私は、荷車を引き物流を担っている人々や、体につける武具や足につける武具を作る職人たち、馬の世話をするものや、庭の手入れなどの下働をしている人たちを眺めていました。


どの人たちも、懸命に働いていて、心良い者ばかりでした。


そういった人々の生活を眺めながら、そばかすがいっぱいの少年だった私は、『なぜ世の中に階層が存在するのだろう?』 と疑問を抱いていました。


彼らは懸命に働いているではないか。


それに対して、父王や兄は、戦の時も武人たちを戦場へ行かせ駒のように扱い結果を待つだけ。


懸命に働いている者たちと、階層の頂上にいる王と、どうしてこれほどの身分の差を設けてしまうのか?


家族の中で疎まれていたその当時の私は、少年の頃から早々に戦場へ送り出されていましたが、城の中とは違って、外で働く自分は自由で幸せでした。


戦いで相手を打ち負かしても、和睦し友好関係を築いてゆくものだと信じて疑わず、敵兵を祖国へ連れ帰った過去世の私。


ところが、父王や兄はその敵兵たちを奴隷にすると言う。


奴隷とは、『自分たちへ歯向かうと、こんな目に遭うぞ!』といった見せしめ行為でした。


ただ、自分の祖国を守るために戦った敵の勇者までも奴隷にしてしまう。


結局、過去世の私は、自分の親と、友好を築くつもりでいた敵兵との間で板挟み状態で苦しみ、絶望していました。


そしてその次の戦いで、無数の矢が飛んでくる中へ身を投げて死んでしまった、そんな過去世でした。


そして、そんな昔の時代と今の時代、人間社会にどんな進歩があったというのでしょう?


確かに奴隷制はありません。


ですが、公衆のトイレを掃除する人と、大企業で働く人たちと、どれほどの賃金の差があるのか?


階層はなくなってはいるけれど、その代わりに格差が存在しているのはなぜ?


誰かが豊かになるために、誰かが搾取されるシステムを作って貧困層が生まれてしまう。


バナナを栽培し輸出している国が、どうすれば工業が発展していて圧倒的に価格の高いものを外国へ輸出している豊かな国へ追いつけるというのだろう?


システムそのものが、豊かな者に都合のいいようにできているのではないですか?


いったいいつになれば、人類はもっと成熟した人間社会を築けるのだろう…?


読んでくださり、ありがとうございます。
   
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自問自答しながら心の傷を見つめてゆくと、どのように自分のトラウマが形成されていったのかわかる時があります。


イラッとした時、怒りが湧いてきた時など、ネガティブな感情が表面に浮き出てきた時が最も有効なタイミングになります。


ただそういったタイミングにうまく噛み合わない場合、再体験しながら自分を見つめるやり方もOKです。


ここでは、私が実際に試してみたその過程を紹介します。


興味のある方は是非参考にしてみてください。


遠い過去の出来事ではありましたが、あるとき思い出し怒りが再燃してしまいました。


自分が裏切られたという出来事でした。


怒りが噴き出してくると、なかなか収まりがつかなくなり、思考もぐるぐる回っていました。


ここで胸に手をあて、自分の魂の温かさを感じながら問いかけます。


この魂の温かさは誰もが持っているものです。この温かさの力をかりて、心の傷を癒してゆきます。

問いかける自分「出来事についてどんな感情が湧きおこっているのだろう?」


自分「怒り。くやしさ。悲しさ。許せない気持ち。」


問いかける自分「その感覚は、体のどこにあり、どんな形をしているの?」


「お腹のあたりに黒いドロドロした塊」


その黒い塊に意識を向け、胸の温かさを感じながら『くやしかったね。辛かったね。悲しかったね。』と語り慰め、その感情を癒してゆきます。


ゆっくり見つめ癒してゆくうちに、その黒い塊(私のこのケースでは黒い塊でしたが、別のイメージを持たれる場合ももちろんありです)の色が透けてきて、白っぽい輪郭だけが残っていました。この時は、消えかけたのですが、また後になると黒く復活して見えたりもします。


この段階では、まだ十分解放されたわけではないようでした。


「その感情の中にどんなものを感じている?」 と、再び問いかけます。


「自分は愛を注いでいたのに、自分は愛されていたわけじゃなかった。初めから裏切られていたという気持ち。実は愛情を抱いていたのは自分だけで、愛されていなかったどころか、初めから踏みにじられていたという感覚。これまでの誠意や献身や愛情が無意味だったという感覚。


もうこの人たちを信じない!」


さらにこの感情を温かく見つめていると、また新たな感情が現れました。


ぎゅーと強く心を閉ざした感じ。この人たちへ背中を向けて、もう顔も見たくない、しっかり他者を拒絶するという自分の姿が見えてきました。


ああ、人ってこうやって心を閉ざしてしまうものなんだ…。と、内観しながら気づきました。


心を閉ざすことで、また裏ぎられ傷つかないように、自分を守ろうとしていたわけです。


トラウマというものはこのように、自分が壊れないように守ろうとして生じていたものでもあります。


共感してあげながら再び問いかけます。「心を閉ざしたその中にどんな感情がある?」


「どうせ人間なんてひとりぼっちなんだ。吹雪の中にひっそり自分がいる姿。」


はたから見れば、例えば心を閉ざした事がない人から見れば、何バカな事をやっているんだと思えるかもしれないですね。


でも、それはそれでよいのです。


しかし、過酷な環境にいると、いろいろと身構えてしまうものなのです。


心に闇を抱えている人ならば、自分が心を閉ざしてゆく姿を再度見つめてゆくと、その姿に『切ない』、『いたわしい』といった心情も湧き出てくるかもしれないですね。


『寂しさ』をじっくり見つめ味わい共感してください。


このコアな部分、自分の心の傷の核の部分をいたわってください。


ぎゅーと抱きしめ、共感し慰めてください。


そうしているうちに、頑なだった感情もやがて満足し解き放たれて行くのです。


同時に、この寂しさの中に『人に認めてもらいたい』という思いもあったのかもしれないなと気づきました。


でもこれって、多くの人が持っているよくある感覚じゃない? といった考えも自分の中から湧いてきたりもします。


『孤独』『人に認めていてもらいたいという感覚』が核だったようです。


さらにその感情に意識をあて共感していると、その感情は解放されていきます。

『いままでありがとう』とお礼を告げ、手放しました。


結局、自分の根本の感情に気づくと、『自分を裏切ったと思っている人たちの心の中にも、おそらく似たような感情があったのではないか? 問題となった行為も、そんな感情が引き金になっていただけかもしれない』とも感じてしまったのです。


突き詰めてみると、みんな同じ問題を抱え、その感情から湧き出た衝動で変な行動をしてしまうものなんだ、と。


そうなれば、怒っていた事が少しバカバカしく感じられもします。自分の中にあった相手への怒りなども薄れ、心が軽くなります。


『(ネガティブな感情を)手放す』ということは、許すということでもあります。


手放す=許す、なのですね。


トラウマというのは解放されたとその時は思っても、しばらくするとまた出没してくる事もあります。


そんな時は、再び意識の光(見つめてあげる)をあて、抱きしめるように優しい言葉で慰めて解き放ってあげてみてください。


私自身も、このトラウマが完全に取り払えているのかどうか定かではありません。


でも、また湧き上がってくることがあったら、再び手放そうと思うのです。


ネガティブな重い感情エネルギーを手放せば、より軽くなり自由さが表面へ出てもきますから、せっかくの機会を逃さないようにしたいものです。

心理カウンセリング(一回約1時間 1千円)、ヒプノセラピー(一回約2時間 2千円)、スカイプにて行っています。

ご希望のかたは、左サイドバーにあるメールホームまたはメッセージよりお申込みください。


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平日は10時から4時、及び夕方6時から8時。(月曜は朝の11時からとなります)

日曜は午後1時から4時あたりは可能です。

お気軽にご相談ください。

















前回の記事で、『光をイメージする』ことで、邪気を取り払うといった話をしました。

ところが実際に実行するとなると、『いつもイメージすること』そのもの、漠然としていてとりかかりにくいかもしれないなと思いました。


では、どうすれば自分が光ある精神状況を保てるか? ということですが、


今回のクライアントさんのような状態、自分バッシングが癖になっているかもしれないので、その癖を手放してもらうたまにも、『引き寄せの法則』が、大きなヒントになるかもしれないなと考えました。


私も現在トライアル中です。(約1週間目)


小説読むのも時間がかかってしまう私は、即『マンガでわかる』本にしました。


奥平亜美衣さんの人生は思い通り! マンガでわかる「引き寄せ」の法則です。

                                                            

非常にわかりやすくオススメです!! 助かりました!

『よいことノート』ヘ日々、ちょっとした事でもよいから、良かった事を書き記してゆくと、よい事が引き寄せられるという内容でした。


そうする事で実際、物事の良い面へ視点を向ける習慣がつき、精神的にも徐々にポジティブになってゆけるようです。


そして、いい事へ目を向けていると、不思議と感謝の気持ちがわいてくるのです。


いいことは、さらにいいことを引き寄せてゆく。


自分でも思い当たるものがあります。


学生の頃から、いろいろな国の人と関わるような仕事がしたいという願望があったのですが、私の専門はあいにく薬学でしたので、なかなかそういった仕事にはつけそうにもなかったのでした。


それでも、脱薬剤師(の仕事)を目指し、英会話の訓練をしたり、漠然と英語が役立つ仕事をしている自分をイメージしたりしていました。


すぐにそれが叶ったわけではなかったのですが、卒業後に勤めた製薬会社ではわずかながら英語の論文を訳したりする仕事もありました。


その後、転職できた会社が外資系で、会議は英語となり、いろいろな国の上司の方がおられました。


短期間でしたが海外での研修や勤務も体験させていただくことができたのです。たくさんの人で出会えました。


もちろん、これには上司のおかげであることは当然でもあり、とても感謝してます。


その後、夫の転勤もあり会社をやめましたが、貴重な経験となっています。


もう一つ、他の人の例ですが、TEDプラゼンテーションで、ニール・パスリチャさんのプレゼンがあります。


離婚や友人の死など、度重なる悲しい出来事で気分がネガティブになっていたニール・パスリチャさん。


その時の精神状態のサイクルを変えたい一心で日常のちょっとした素敵な出来事をブログに書く。


それがだんだんヒットし、賞までもらい、本の出版の話まででて、結局TEDにも出演されたのですから凄いです。


『神との対話』の本の中では、こんな笑える部分もありました。


著者が『豊かになりたい!と本気で願ってきたのに、なぜその願いがかなわなかったのか』と神様に問いかけると、宇宙は必ずその願いの状況をもたらしてくれる。つまり『豊かになりたがっている状況を提供している』との神様の答え。


なるほど…。もしも、『お金がほしい!』なんて願っていると、『お金をほしがっている状況がもたらされてしまう』というわけですね。

さて、奥平亜美衣さんは、本の中で、願望(夢)と欲望の違いとその見つけ方についても説明されていました。


その人の真の願望でないのでなかなかうまくゆかないといったところ、なるほどなと納得です。


いろいろ役立つとこ満載の本で、クライアントさんにも勧めて、彼女実践してくださってるようです。


ただ、実践していても、満員電車の中やぐつついた天気の時など、マイナーな事が頭に浮かんでしまうということでした。


それはそうだろうな、でも、切り替えをできるだけしようとしているだけでもとても良いことです。


ぐるぐるマイナーな思考の迷路にはまりそうになった時には、もしかしたらこんな事が役に立つかもしれません。


ぴょんぴょんジャンプする。


『表参道高校合唱部』というドラマが放映中です。なかなか良い内容なのですが、その中で主人公の女の子がピョンピョンとジャンプするシーンがたびたび出てきます。


行き詰っている時、心が折れている時、困っている時、ストレスを感じている時、悩んでいる時、誰かに腹を立てている時などなど、ネガティブな感情や思考で心がザワザワしていてきたなと感じたら、彼女は決意しぴょんぴょん飛び跳ねるのです。


これは『悩んでいるなんて時間はもったいない。そんな時はピョンピョン飛び跳ねれば悩みなんてものは消えてくんだよ』というお祖父さんの言葉に従ったものでした。


誰でも思考で心がざわついている時、今を生きれていないので確かにもったいないことです。


ピョンピョン飛び跳ね、こびりついているネガティブなものを自分から振り払い、自分の状態を『今を生きる』へと引き戻す。


なかなかうまい事、言い当てているなと思うのですが、私自身は足首を痛めているのであいにくジャンプできず実践できていません。が、かなり有効かもしれませんね。



クライアントさん、半年近くもの間、つらい状態だったと思います。危険な状況でもありました。


心の闇の部分もたくさん出しました。


ネガティブ思考癖から『よいこと探し』思考へと生まれ変わってもらい…、


深く沈んで大きくジャンプする! 


その過程のためにズドンとした落ち込みも彼女に必要だったのかもしれない、必要な経験だったのかもしれない、きっとそうなのだと祈っています。


心理カウンセリング(一回約1時間 1千円)、ヒプノセラピー(一回約2時間 2千円)、スカイプにて行っています。

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平日は10時から4時、及び夕方6時から8時。(月曜は朝の11時からとなります)

日曜は午後1時から4時あたりは可能です。

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