くうのメッセージ -14ページ目

くうのメッセージ

トラウマ開放の過程などで過去を遡って行くと、『あれっ?! こんな所でこんなわだかまりがあったのか』と気づく事がよくあります。
真実は深く、全ての体験に意味がある。そう思える瞬間です。
感じた事、伝えたい事を更新していけたらなと思います。

勇気と愛を持って母と接する、そんなことが自分にできるだろうか?


『勇気と愛』という言葉は、映画『シンデレラ』で主人公が心に刻んでいたフレーズです。


『シンデレラ』では、問題の対象は継母でした。

でも、共通点は同じです。家の中というのは閉ざされた世界で、外の人からは見えない場所で起こっていた事です。


その中でいつも悪意を持って自分を押さえつけてきた相手に対し、シンデレラ自身が『どうしてそんなひどい事をするの』と、きっぱりと告げた、これはとても勇気のいる事だと思います。

ここで継母も、自身の中にある深い嫉妬心を認めていました。


もちろん、彼女の勇気はその他の部分でも発揮され、さまざまな奇跡を起こすこととなったわけですが。


シンデレラが起こした奇跡ほどではないにしても、ちょっとした奇跡を起こしたい。


誠意を持って語らなければ、きっと通じない。


これまで言えなかった数々の事を、自分はちゃんと母に告げられるのだろうか?


正直、緊張しました。


そして、母との面会。


母は、私が誰なのかわかりませんでした。

まだひどくはありませんが、認知症です。


私は、自分が娘である事と、名前を名乗り、母がこれまで何をしてきたのか、一つ一つ語って行きました。


まず、父方の祖母に何をしたか……。


(この多くの部分は、ここ5年ほどの間に父の妹つまり叔母から聞いて、私自身が知った話です。父は真実を押し隠してしまう人でした。その父も5年前から認知症になっています。)


兄や、私は、両親が結婚をした際、非常に貧乏で全財産が800円だった何度も聞かされていました。


それは、家が火事にあったという理由で、父方の祖母にお金を巻き上げられていたからだという話です。


ところが、これは母の作り話でした。


母は浪費癖でお金を使い果していたのを、祖母のせいにしていただけでした。父が渡した給料をあっという間に使ってしまったので、お金がなくなっていただけです。


母はお産(私を生む時)や、盲腸で入院した際、父方の祖母に世話になっていたそうです。


排泄物の処理までしてもらっているのに、母は『ありがとう』の一言も祖母へ言ったことがありませんでした。

見かねた同室の人から『こんな時はお姑さんにありがとうくらい言わないと』と母はたしなめられましたが、『こんなもん、いいように使ってやればいいのよ!』と、言っていたそうでした。


本当は、母は自分の実家の家族に手伝いを頼むことができたはずなのに、わざと父方の祖母に手伝に来させていました。祖母だってお商売をしていたのにです。


その話を告げ、私は母へ『自分の義理のお母さんを、ゴミや奴隷のように扱って、そんな事をするなんて……。

あなたはあなた自身が誰かから、ゴミや奴隷のように扱われたとしても、何も文句は言えないって事だからね!』
と叱っていました。


(私もこの歳になると、自分の親へ『ママ』とは言えず、『あなた』と呼んでいます。父へもです。)


次は、他の親戚や身内にした事です。


母は血縁者だろうと義理の関係だろうと、女性への嫌がらせがすさまじいです。

特に相手が妊娠している時は、特に悪質です。
精神的にまいらせて、体調を崩させるほどです。

ある人は精神的にまいってしまい、障害を持った子どもを出産したり、他の人もやはり妊娠中に問題が起こってしまいました。


母の意地悪はさらに続き、『こんな子どもが生まれるのは、うちの血筋じゃない!』といった内容の手紙をそうした女性の実家の親戚へ送りまくっているのです。


この事が原因となり、離婚した人もいます。女性の実家の親戚の人たちも怒っていて『血筋などというのだったら、再婚し次の子がまともだったら、そうじゃないと証明できるじゃないか』という話になってしまったのです。

この過去の話を母へ語り、『どうしてあんな事するの! あの子(ハンデを持ってしまった親戚)に何か恨みでもあるの!? あの子は自分が生まれた事で、自分の両親が離婚したのではと考えてしまうかもしれないじゃないの!』と、私はまた叱りました。といっても、感情的になってぶつけたわけではありません。あくまで落ち着いた口調でです。


母は、首を大きく振って『恨みがあったわけじゃないのよ』と懸命に否定しました。


そうした親戚、身内の話をした後、私自身の妊娠中の話へと移りました。


私が妊娠中に、母はびっくりするような量の明太子を、一ヶ月あたり4回も送ってきました。

臨月近いてくると、今度は50キロほどの木箱入りの干しうどんを送ってきたのです。

そして、また何やら送ってきたので、受け取り拒否をすると、恨みを書き綴った手紙が送られてきました。


なぜ、母はこんな事をするのか?


『何が何でも第一子をまともに出産させてやるものか』といった彼女の気迫があるかのようでした。

『生涯を通じ、好きなようには行動させまいぞ』といういわばデモンストレーションといったところでしょうか…。


私は、出産を控え、『母に念力があるのなら、自分にだってあるはず。生まれてくる子への念をすべて自分が請け負ってみせる』と、決意していました。


1万例以上も出産を受け負われた有名な先生の元でお世話になりましたが、その先生ですら、『こんな事は今までになかった』といった難産(子宮口が開いても、子どもが出てこなかったのです)となり、結局他の病院へ緊急搬送され帝王切開で無事出産しました。


子どもは無事でしたが、その出産直後から私は難病を発病(ベーチェット病で、後に関節性リューマチへ移行)してしまいました。


もちろん、『母の恨みでこうなったとは限らない』ともみなす事はできます。

私が自分へ自己暗示してしまったととらえることも可能かもしれません。

証明できるものなど何もないのです。ただ、それでもこの時の私には、『自分が請け負ってみせる』と思う以外に、他にどうすることもできなかったのです。


母へこうした経緯を語ると、母は泣いていました。


全てを覚えているわけではないようでしたが、話した内容を否定はせず受け止めてくれているようでした。


『もう、体はずたずたなんだよ』と、私が言うと、母は大泣きで、『ごめんね』『ひどい事してごめんね』と言っていました。


初めて母から聞いた『ごめんね』という言葉です。


この直後、自分でも予想していなかった事を私はしていました。


読んでくださっている方、ありがとうございます。

分量オーバーしそうなので、続きはまた後日へ。


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今回は、関西の母を3年ぶりに訪ねました。それも兄から勧められ、はじめは渋々といったところです。


母は、かなり強烈な個性の人です。


例えとして挙げるなら、『悪質なストーカー』と同じように、執念深く、恨みの念の強い人です。


自分と関わっている人が自分の意に従わない行動を取ったり、自分にとって不都合な相手がいたりすると、何が何でも罰しないと気が収まらない---つまるところ『罰を与えるべきだ!』と思い込んでいる人です。


しかも、母は母自身の関心ごとへと、他の人を無理やり相手を引きこもうともします。


異常な行動なのですが、本人はそれを自覚しないので、関わる人間にとっては厄介な相手です。

身内や親戚でない人はみな、母から遠のいて行きました。

当然です。


娘である私も、実は母から逃れるように連絡先も知らせないで生活していました。


この母の攻撃の対象は、ほとんど全て女性です。


一番の攻撃の対象は、父方の祖母でした。

もちろんただの逆恨みです。


私は物心ついた頃から奇妙な光景を見ながら育ちました。夕方頃になると母は毎日、「コンチクショウ。死んでも許してやらん!」「食べられんようになって死んでしまえ!」などなどといった暴言を吐きながら晩御飯を作っていました。


その恨まれていた祖母が赤ちゃんだった頃の私を見てかわいいと言った、それが理由で、母は私の膝へ火傷を負わせました。


私が小学生の時、祖母は胃がんで亡くなりました。


私自身が自分の膝の火傷の真実を知ったのは20代後半になってからです。

母自身が、告白しました。告白と同時に彼女は『当然の事をしてやった。ざまあみろ』とも言い捨てていました。


その後も、思春期、大人になっても、妊娠中も、そしてその後も…。ずっと、さまざまな嫌がらせが母からありました。


『親と疎遠なままでいるのはよくない』とか、和解すべきとか、そんな事を考え、私もたまにコンタクトをとったりしてみました。

しかし、やっぱり同じ事の繰り返しで、ああしろこうしろと命令してきては、そのとおりに従わないと恨みや呪いをびっしり書き綴った手紙を何度も送ってきます。


母は、霊能者へも足繁く通っていて、私が母の言う事を聞くように念を送らせてもいました。


こんな相手です。


私がその母に会いに行って何をするか?


『真実を話す』こと。

これが、私自身にとって重要な事でした。


私は母がしてきた事に対し、これまで楯つくことはできませんでした。

父も母も、都合の悪い事や真実を押し隠そうとする人でした。


もしも私が真実を両親に話したら……。


母は女王のように家の中でふるまっていて、逆ギレしてしまうだけで、私は自分が思っている事も言えない、といった環境です。


そしてもう一つの言えなかった理由。


それは、『両親が立ち直れないほど傷つき、何かが取り返しもつかないほど壊れてしまう』そんな気がしていたからなのだと、自問自答してみてわかってきました。


本当は伝えなければいけなかった。言うべき事を言いたかった。


こうして押さえ込んできた私の感情はいったいどうしたか?


私自身を攻撃してしまっていました。


そのことが、自分自身の病気、関節性リューマチの原因の一つになっていることがわかってもきました。


関節性リューマチとは、自分の免疫システムが自分の細胞を攻撃してしまう病気です。


関節部の骨と骨との間の軟骨を攻撃し溶かしてしまいます。最終的には骨と骨がくっつかって、その部分が曲げられなくなってしまうのです。


母は、昨年の秋に脳梗塞で入院し、左半身マヒのため現在 老人保健施設へ入っています。


『恨み』という感情は、粘着性の強いものです。執念深さや怒りっぽさも同様だと思います。

だから母の場合(あくまで母の場合です)、血液もドロドロになりやすく脳梗塞になりやすい状態だったろうと思います。


今度こそ、はじめてたくさんの真実を語ろう、そして全てを水に流そうという思いと、もう一つ。

せっかく行くのだから、

母自身の謎だらけの子ども時代について探り、彼女のトラウマを解放してみよう。と考えました。


字数がオーバーしそうです。この続きは後日…。


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LINE スタンプ 申請します!』

長~い間、更新ご無沙汰してしまいました。(_ _。)

認知症の義理の母が特別養護老人ホームへ2月に入所となり(こちらはむしろ大変ではありませんでした)、そのすぐ後から娘の受験。

3月の中旬まで頑張り抜きましたが、浪人決定。
しかも、受験途中でこちらの地元では予備校がない事を知りました。
4月から都会の予備校の寮生活へと突入。

こういった事情で、完全に巣立ったというわけではないのですが、巣は突如、空っぽになって、私も自動的に『子離れ』とあいなりました。

心まで空っぽにならないように。
『巣が空っぽになってしまったのなら、今度は何か別の物を新たに育てればいんだ!』
と、LINE スタンプ作りです。
やっと、40個が完成。
創作は非常に楽しかったのですが、本来の業務(?)の方はほったらかしとなってしまいました。
m(_ _ )m

スタンプはフクロウのくうちゃんとその家族。ネコではありません。
(^人^)
出会い、誕生、冒険と一連のストーリーになっています。

週末に関西の訳ありの実家へと非常に久々に訪問する予定です。(これもまた、ちょっとした転機になりそうです。

落ち着き次第、スタンプの紹介と、カウンセリングの仕事も再開したいと思います。
よろしくお願いいたします。


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