くうのメッセージ -13ページ目

くうのメッセージ

トラウマ開放の過程などで過去を遡って行くと、『あれっ?! こんな所でこんなわだかまりがあったのか』と気づく事がよくあります。
真実は深く、全ての体験に意味がある。そう思える瞬間です。
感じた事、伝えたい事を更新していけたらなと思います。

『”元少年A” 手記出版の波紋』という番組がテレビで放送されていました。

いろいろと考えさせられる内容のものです。


ここで、その一つ『真の贖罪とは何か』について、少し触れてみたいと思います。


本当の意味での『贖罪』とは、分断している状態を失くす事。


加害者が自分と他者を分断した状態では、他者の気持ちを考える事ができないままでいます。


つまり被害にあった人の気持ちへ寄り添う事ができなければ、自分が相手に何をしてしまったのかすら、きちんと理解できていないのです。


もし自分が加害者でなく被害を受ける立場だったなら、どう感じるか?


もしも、自分と他者とを分け隔て、相手の立場に立って考えるという事ができなければ、加害者はやってしまった事柄に対し、『こんな悲惨な事は二度と起きてはならない』という心境へ至れないわけです。



母との出来事で、私が小学生だった時に、こんなエピソードがありました。


母はある宗教団体にはまっていました。その母の命令で、兄と私はその宗教の新聞を近所の家々へ配るという作業をやらされました。


団地に住んでいたので、一階から五階まで駆け上がって、数十棟へ。

子供ながらに変な事をやっていると思っていたので嫌なものでした。


それが10年くらい後に、テレビの中でまったく同じ事を子供へさせている親が映っていました。


母は「まあ、なんていやらしい事を子供にさせる親だろうね!」と悪態をついたので、私はびっくりしました。


私「自分だって同じ事させたじゃない


母「何言ってるのっ! あんたたちのためを思ってさせてたんじゃない!!」と逆ギレです。


つまり、母は自分の感情を認識しても、客観的に見れないのです。



これまで『母のトラウマを解放』の(1)~(4)へと、母の事を紹介してきました。


今の母は、このような攻撃的な性質についてほとんどおさまっていて、これはとても良い事なのですが、ただ、まだ他者の気持ちによりそうまでには至れませんでした。



かつて、母は占いをやっていました。最初は知り合いの人たちから頼まれ見てあげるようになり、それがやがて口コミで広がって多くの人から占いの依頼を受けるようになりました。


結構、人に役立つアドバイスもしていました。

これがずっと続ける事ができればよかったのですが、母自身がやってはいけない事へはまっていったのです。


バブルの頃、母は占いで見て金運の強い知り合いのおばあさんを誘い、一緒に株を買い始めました。

父や私は大反対でしたが、母は忠告に対しまったく無視状態です。


この女性とは別に、他の人も、母からけしかけられ、株を買っていた人がいます。


結局、大損した人のうちのひとりから母は訴えられそうになったのですが、父がその埋め合わせをしてしまったのです。


父は、母を叱るという事はありませんでした。


でもむしろ、この時 誰かに訴えられていたら、母は自分のした事を振り返る事ができたのではないだろうか。と、思うのです。


おそらく、この時から、きっと占いの仕事が来なくなったのだと思います。

それと同時に、母は一人の霊能者へもはまっていきました。


そして、暇になったその心の埋め合わせのためか、今度は別のものへとはまってゆきました。


『日本経済破綻』などといった物にはまり、本を一度に数十冊買ってはいろいろな知り合いへ送ったり、相手に不安をかりたてるような事を言って、たんす預金しろとか、非常事態のための物品も繰り返し送るようになりました。


予定通り経済破綻が起こらないと、今度は別のパニック話をかつぎだします。


霊能者の予想や、いろいろな本を読んだり、今度は超氷河期が来るとか言って、カセットコンロのボンベを数十本送りつけたり、いずれもはずれそうになると、また別のものへ。


私が知る限りでは、最後は富士山大噴火へと。


非常に多くの人へ物を送っていました。


重くて処分に困る荷物というのは、気分を滅入らせるものです。月に何度も送られてはたまったものではありません。


こんな異常な事が20年以上繰り返されました。


なぜ母がこんな事を繰り返すのか?

まわりの人から注目を集めたいからです。人の気を惹きたいからです。


『あなたのアドバイスのおかげで本当に助かりました』と人から言われたいためだったのではと思います。


これは、自分の欲求を満たすために他者へ依存している行動です。


他者を巻き込んだり、危害を加えたり。

ストーカーやいじめなどといったものも似たようなものです。自分の心の中の不満のはけ口として、他者を巻き添えにし利用しているので、加害者には依存的性質が大きいと思うのです。



今回、母と向き合い、母へこうした事も思い出してもらいました。

自分がひとり暮らしをしている老人だったとして、人からの強引な勧めで、財テクの世界へ巻き込まれ大損してしまったらどう感じるか? 


どんなふうに傷つくか?


ともに考え、母ならどう感じるか考えてもらいましたが、被害を与えた人たちの気持ちへ十分に寄りそうという感覚が希薄だなという印象を受けました。


私自身も、この件について十分な時間も取れず、少し急ぎすぎてしまった所もあるなと反省しています。


でもまあ、ゆっくり進歩してゆくのもいいものです。



今回の母との対面で、母は最後まで誰かにしがみついていたいという気持ちは消えませんでした。


誰も面会に来てくれないとか、ぶつぶつ言っていました。

そんなはずはないのですが、おそらく霊能者から見放された事がショックのようです。



母からかなりの嫌がらせえを受けてきたにもかかわらず、母の面倒をたくさん見てくれている義理の姉や両親を面会するように勧めてくれた兄へ感謝です。


父へももちろん会ってきました。


いろいろな真実を教えてくれた叔母にも会って来ました。

以前に、祖父と祖母の写真を見せてもらえないかと頼んでいたので、たくさん写真をもってきてくれました。

叔母は兄や私の写真も持ってきてくれていました。


母は、私の写真を全部(3枚だけ残していました。そのうちの2枚は兄が中心に映ったものです)捨ててしまっていたので、私が自分の小さい頃の写真を見たのは初めてのようなものです。


しかし、幼い頃の自分の写真を見て、私「えっ! ‥‥」


ショックです。

もっとましだと思っていたのに、あまりのぷっくら顔!




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どれほど残忍な行為を行うストーカーでも、その本人が自分の子ども時代のトラウマへ目を向け解放することで、内面のトゲトゲしたものがなくなり心穏やかになってゆくケースが、テレビ番組ーNHKスペシャル『殺意の深層』で紹介されていました。


結局、どんな人も根本部分において人間みなそう変わりがあるわけじゃない、私たちもそう知ることができます。


母は人をおとしめるような嘘や作り話しもよくします。


私がかつてアメリカでお世話になり友人ともなった人へ、母が勝手に手紙を書いた事があります。(日本語で書いたようですが、友人は現地の知り合いの日本人に訳してもらったようです)


その時、私は夫の仕事の関係でフランスに住んでいました。ずっと手紙のやりとりをしていたその友人から『もう二度と手紙は書かないで』といった絶交を表す手紙が送られてきました。


こういった事は私が子どもの頃から多々ありました。母は昔からこんな事を繰り返しています。


私自身、非常に傷つきますし、私の事を信頼してくれていた友人も傷ついているのです。


私が、「あの時、彼女に何て書いたの?」

と今回やっと問い詰めてみました。(昔は問い詰めるのが怖かったのです。そのため私自身も弁解する事を投げ出し、出来事そのものを心の奥深くへ押し込め蓋をしていました)


母は覚えていない、とのこと。


「どうして、そんな事したの? 彼女は非常に傷つきやすい人なんだよ!」


「わからない」


わからない…。認知症で忘れたのかもしれないと思うのと同時に…。


確かにわからないものなのかもしれない。そんなものなのだろう。


ある時どうしようもない衝動に駆られたり、魔が差したり、といったように、『自分が何をしようとしているのか深く認識しない』で犯罪者は犯罪を犯してしまうケースが多いのではと思うのです。


犯罪を事前に計画している場合も、実は自分ではどうしてそんな事をしてしまうのかとは振り返らないと思うのです。


このどうしようもない衝動を湧き起こすのは、もちろんトラウマだったりもするのでしょう。


今回、母の子ども時代のトラウマを見つけた癒すことができたわけですが、ただこれだけではないな、と思いました。


お父さんから『死んじまえ!』と怒鳴られただけで、こんな行動に走るのだろうか?と思うところがまだまだあります。


手がかりを見つけようと、こう尋ねてみました。

「死にたいと思ったことはある?」

母はうなずき、何度かあると答えました。


母の親族のうち3人が自殺したています。母の叔父と従姉妹と母自身のお父さんです。


そして、母自身、兄と私が小さい頃、私たちを連れガス自殺をしようとした過去があります。


自殺の多い家系に生まれた事を母はどう感じてきたのだろう?


「でも、今こうやって生きている。頑張って生きてきたんじゃない? よく頑張ったね」

私が慰めると、母は再び大泣き状態でした。


実際、ほんとに頑張ったのだと思います。母自身、心の闇と闘いながら生きてきたのだなと。


母のお父さんの自殺の件は、母は覚えていませんでしたが、私が経緯を大雑把に語ると、

「バカな事したね」と母。


最後に、母がもっとも憎んでいた母の義理のお母さんつまり私の祖母の話をたくさんしました。


祖父は戦争が始まって間もなく病気でなくなり、祖母は5人の子供を抱え生きなければならなかったこと。


空襲で幼い子供二人を脇に抱えながら逃げまどい、背負っていた祖父の生命保険証は焼けてしまい、残ったのはアルバムと子供たちだけだったこと。


その後、どうやって商売をやるにいたったかなど。


「きついね~(生きるのはつらい事だという意味)」


「そうだよ。生きるっていうのは大変なんだよ。みんな一生懸命なんだよ。だから、誰かをあんなに憎む必要なんてないんだよ。憎んでいやがらせして、何かいい事あった?」


「何もあらへん」


「だったら、今ここで生まれ変わってみるっていうのはどう? 憎むとは全く反対の事をする。例えばいろんな事へ感謝するっていうのはどう?」


いつも身体を起こしてくれたり面倒を看てくれる職員さんや、母が散々な目に合わした義理の姉(片道2時間近くかけて訪れは面倒を見てくれています)、また関わってくださっている他の人たちへ。


感謝することは、左半身麻痺で、ほぼ寝たきり状態の今の母にだって可能な事です。

「そのために、今生きているんじゃない? 神様がもう少し生きて頑張りなさいと言ってくれているようなものだよ」

ちょっと芝居がかった事を言っているようで、私も気恥ずかしいのですが、3泊4日の関西滞在で、限られた時間のなか、私も必死です。


実際、一人暮らし状態だった母が自宅で脳梗塞で倒れ、たまたま訪れた父のケアマネージャーさんに見つけられ入院へといたっています。


母がこれからの時間を感謝や愛の気持ちで生きてくれればと願うのですが、今回の私との会話の内容も、ざるのようにどんどん彼女の記憶から消え去ってしまうのではないだろうか?


また、認知症の人は、どうしても過去に繰り返し行っていた行為を繰り返してしまいます。身体が記憶している事をしてしまうようなのです。


だから、大きな変化が母の内面へ起こるのかどうか。もう、母次第です。



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これまでずっと、自分がしてきた事を受け止める事すらできなかった母。


その母が、自分がした事を素直に認め、反省している。


そのスムーズな流れに正直驚きました。


私が彼女を訪れてタイミングがちょうど良かったのかもしれません。

認知症になると、その過程で過激になったり、穏やかになったり、人格の変化が訪れたりすることがあるものですが、母の場合、ちょうどいい具合に穏やかになっていました。


おまけに母が私の事を忘れているのも好都合でした。お互い感情的にならずにすみます。



母が「ごめんね」と言ってくれたすぐ直後、私は話の流れをすっかり切り替えていました。


私「でもね、今までありがとう」


母「何に対して!?」


母は、泣き顔のまま怒っていました。ずいぶんひどい事をしたと認識した直後なので、私が綺麗事や嘘を言っていると感じたようです。


「そうだよね、(私にとっては)相当な試練だった…」


嘘ではありませんでしたが、今の状態の母にどう説明しようかと少しとまどいました。が、率直に自分の言葉で語る事にしました。


だけど、その大きな障害を乗り越えてみたい、乗り越えてやろう、っていう気持ちにもなっていた。だからすごく感謝してる。心から。いてくれて、ありがとうね」


昔の私はなかなかこんなふうに思えなかったのですが、ある時ふと、自分の心の深く、中心深くにこうした意識がある自分の存在に気づいたのです。この時から私の心の中は軽くなっていました。


一方の母は、えっ、まさかそんな事ってあるの?と拍子抜けしたような顔をしていました。


常に誰かを憎んでいて、人を許すという感覚が無い人でしたので、今 彼女自身が許されている事が大きな驚きだったようです。


母のトラウマの解放ですが、実はその最中、私自身の内面にも大きな変化があったのです。


『ああしていれば良かったのに」という痛恨の思いが、私のこれまでの人生でいくつかありました。


そのうちの一つに、祖母が亡くなる時に私がよそよそしく行動してしまったことでした。


私が小学生の時、父方の祖母は胃がんになってから亡くなるまで、数ヶ月入院していました。でも、両親が兄と私を見舞いに連れて行ったのは、亡くなるちょっと前のたった一回こっきりでした。


祖母はその時、私たちに何か言おうとしていました。一生懸命何か伝えようとしてくれているのに、病室の入り口の際に立ったまま、父も母も私を祖母の近くに行かせまいとしていました。父は私の背後から私の身体を抑えるようにしていたのです。

結局、私は祖母のもとへ寄って、手を握ってあげる事すらしませんでした。

ずっと後になって知ったのですが、母だけでなく、父も祖母のことを憎んでいたのからでした。


思い返すと、祖母へ抱きついたりして甘えた事もありませんでした。そんな事をすると、母が気分を害するからです。


祖母の気持ちを考えても、私のした事は非常に残酷だったなと感じずにはいられませんでした。

そんな苦くて悲しい経験です。


そして母との対面の最中、私が行った事はわたし自身の予想をはるかに超えていたものでした。


初めのうちから私は母の右手をとり話していたのですが、今度はベッドに寝た状態の母の胸にすがっていました。子供がやるような仕草です。

「ほんとにありがとう」、と。


これはまさに私がかつて祖母へやってあげたいと思っていた事です。

それを、普通ならよりによってなぜ母へ。そう思いそうなところですが。


母は私の頭をゆったりとなでていました。幸せそうな表情でした。


職員さんが、時折部屋の向こうを通り過ぎる気配にも気づいていましたが、見られてもおかまいなしに、私は母を抱きしめるような体勢で長くいました。


これで良かったのです。


祖母にも、母にも、そして何よりも自分にとって。こうすることで、何かがつながったような気がしました。

私に起こった奇跡です。


しばらくそんな事を繰り返した後、今度は母の過去を探ることにしました。

母は昔から子どもの時の話をすることはありませんでした。


母の子ども時代をふりかえってもらいます。お父さん、お母さんはどんな人だったか?


すると母のお父さんは、お母さんの事をよく怒鳴っていて、恐かったそうです。お母さんはそれに対し、じっと耐えていましたが、子供達には優しかったそうです。


私「子どもの時、一番楽しかった事は?」

しばらく沈黙が続き、

母「喧嘩ばっかり」とつぶやきました。


「じゃあ、子ども時、一番つらかった事は?」

母が顔をくしゃくしゃに歪めたかと思った瞬間、大粒の涙を流しました。彼女のこんな顔を見たのは初めてでした。


「死んじまえっ! って怒鳴られた」

「それはお母さんがお父さんにどなられたの? それともあなたが怒鳴られたの?」


母自身が怒鳴られたとのことでした。癇癪持ちのお父さんは意味もなくよく怒鳴り散らす人だったようです。これは母が12、13歳頃の出来事だったそうです。


「それは悔しかったね。お父さんひどいね。たいへんだったね。ずいぶんよく耐えたね」

などなどと、浮き出てきた彼女の感情を癒す言葉を投げかけながら、私は母の頭を撫でていました。


浮き出てきた過去の感情を解放するには、もう一度 本人が味わい(再体験し)、その感情が喜ぶ言葉、つまり癒される言葉を投げかけてあげるのがよいのです。


今回は、私が母を癒す言葉を投げかけましたが、これは自分自身で行う事も可能です。自分で自分の感情に暖かい言葉を投げかけてあげるのも良いのです。


そして、感情を心の奥に押し込めるのではなく、認めてあげるのが大事なのです。


まず、ネックになっているものに気づいてあげる。


そして、癒してあげる。そんな事を繰り返す。


そうしているうちに、ネガティブな感情は満足し消えてゆく。


母のその他のトラウマを探ろうと、その他の質問もしましたが、他のものは見つける事はできませんでした。


母には弟と妹がいて、三人兄弟の一番上でしたが、母のお父さんは小さな子どもが好きなので、弟や妹には優しく、母には辛くあたる期間が長かったようです。

ただ、これで全てがうまくいったかというと、母にとって全てというわけではないと思います。

それでも、何か彼女の中で変化があるのでは、と願っています。

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