先月のUFC on FX 、日沖 選手 負けてしまいましたね。スゴーく悔しいけど、もっと強くなって近い将来、日沖 発は UFC のベルトを巻くと思います。
来週の、廣田瑞人 選手の試合が楽しみです。
1990年代。
バーリトゥードJapan 94、95、
と優勝した
ヒクソン・グレイシー
その後、バリジャパはトーナメントではなくワンマッチ制に形を変え、バリジャパでのヒクソンの出場はなくなりました。
実際 ヒクソン、カッコ良かったなぁー。
この時代 格闘技好きの誰と話をしても、
グレイシー柔術の 強さ、上手さ を称賛する声がほとんどで、
加えて 柔術の力、ブラジル勢にアメリカ勢。
日本の格闘技は実はたいしたことないんじゃないか! 、 みたいな風潮が漂っていて ・ ・ ・ ・ ・
寂しいやら悔しいやらで、なんとも言えず複雑な感じでした。 同じ思いの格闘技ファンの人、結構いたと思います。
しかし、ここら辺からが、本当の意味でのJapaneseMMAの盛り上がりの原動力というか、成長期であり、腹がすわった時期ではないかと思います。
それまでがダメだったとかではなく、
シューティング(修斗)だけでは破り切れなかった殻みたいなモノがバリバリと崩れて、現実感のある強さ、 ショーではない
総合格闘技・MMA = 強い
総合格闘技・MMA = 人類最強
道は険しいけど、ちゃんとそこに近づく競技としての「総合格闘技」「MMA」が始まった気がします。ほんの少しづつだけど浸透が始まったみたいな。
それまではプロレスが最強だ、極真空手が最強だ、いやボクシングだ、柔道だ、とルールのちがう格闘技がそれぞれに最強を謳ったりしていました。が、
この頃からシューティングだけでなく、
リングス、大道塾、空手、プロレス、サンボ、キック、拳法、そしてパンクラス、
あらゆる団体、競技、の選手をはじめ、それまではあまり表舞台に出ることのなかった骨法などの武道系からも
MMAへの参戦、またプロモーションの立ち上げが続いて行きます。
UWFインターの安生がえらそうにグレイシーに道場破りに行ってヒクソンにボコボコにされたビデオが公開されたり、ヒクソンvs高田 戦がきまったり、高田より前田やろって思ったり(笑)。(*後にこのヒクソンvs高田戦がPRIDEの起源となります。)
シューティングもグランドでの顔面パンチを解禁するなどルールを改正し、オールドファンからの批判に苦しみながらも、MMAのパイオニアとして前進し続けました。
いろんな受け止め方や解釈があると思いますが、僕個人としては この時期が
JapaneseMMAの創世記ではないかと思っています。
って言いつつも
その当時はそんなコトを思うことはまったくなく、ただただ漠然と誰かブラジルに勝ってくれ! グレイシーを倒してくれ! 柔術をやっつけてくれ!
と願うばかりでしたけどね。
ちなみにバリジャパ'95
の準優勝者はシューティングの選手、
現パラエストラ東京のドン・中井祐樹選手でした。ひときわ小さい身体でデカイ外国人選手を極め続け、 決勝戦でヒクソンと闘い、敗れましたが
やっぱりシューティングは強い!
と世間に知らしめた活躍でした。
本当なら中井祐樹という人は選手として ココからもっともっと活躍し、世界中に名前を知られる、日本を代表するファイターになるはずでした。
しかし、この大会、あってはならない悲劇が起こりました。
中井選手は一回戦のジェラルド・ゴルドー戦、ゴルドーの故意のサミングにより片目の視力を奪われていました。視力がないことを隠して闘い続け、失明していたことが後にわかりました。
残念でした。今でも本当に残念です。
いい歳をした大人が言うコトではないですが、
失明が原因で中井選手のMMAとしての選手生命が終わったと知った時、ジェラルド・ゴルドーなんか死ねばいいのに!と、本気で思いましたね。
今でも、ゴルドー がのうのうと生きているのが本当に赦せないです
。マジで
。話が少し脱線しましたが、90年代後半、
日本からMMAのスターが登場してゆきます。
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