「なぁ鈴木… トップってのは、寂しいもんだな」
そう俺に言ったのはCOOLSでの最後のコンサートの時、楽屋で言ったボス館ひろしだった。
後ろに控える何人もの男どもをまだ二十歳そこそこの青二才が真剣に虚勢を張りながら吠え、そして走る。
そんな俺に嫉妬する者、手をすり合わせて寄って来る者、東北連合という肩書だけ欲しくて入って来る者、
そんな奴等を束ねるのは大変な事だったし舐められないように常に気を張ってなきゃいけない。
なかなか素の自分に戻れない。
そんな時にふとボスの言葉を思い出していた。
大切な仲間を喪った時、「いつまでも続けられないんだろうな」と悟った。
栗子峠の決闘後、勝利に沸くメンバーとは裏腹に俺はどうしようもなく寂しい気持ちに陥ってしまった。
その時初めて辞める事が頭をよぎった。
でも後ろを見ると沢山の仲間がいてそう簡単には辞められそうにない。
そもそも俺の代わりになる奴もいなかった。
次第に大規模な暴走族となりマスコミにも登場し俺も若干有名になった。
そんなある日、妹がナンパされた。
執ように迫る野郎たちに自分が誰の妹かを告げると「お兄さんには言わないでください」と一目散に逃げて行った。
日頃は暴走族である俺を疎ましく思ってたのにその時は「初めてお兄さんの名前が役に立った」だと。
そんなある日
田村町の鬼ヤンマが俺のところに来てこう言った「やっさん。警察はひどいよ。タイヤの中に警棒入れられた」
一歩間違えば大怪我どころじゃ済まない。
仲間とともに警察に乗り込んで行った。
大声で怒鳴り警察署は「東北連合の鈴木が来た」と大騒ぎになった。
その時に幹部と思われる警察官に言われた。「お前にはどんな事があってもどんな手を使ってでも絶対に免許を取らせない」と。
「はぁ?やれるもんならやって見ろこの野郎」
親戚に自動車学校の人間がいる。なんとかなるだろうと思ってた。
しかし… やはりいくら受けても、間違いなく合格点を取ってもダメだった。
警察のクソめ。 まぁ当時から警察なんてこんなものだった。
もっともカミさんは俺に免許がないことを喜んでたけども。
東北連合が巨大になったのは俺が少年院にいた頃の人脈があったからだ。
青森や宮城の暴走族の幹部連中が「鈴木がリーダーなら」と傘下に入った事でたちまちメンバーが増えた。
総勢3000人と言われたが恐らくもっといたはずだ。
そうなると「東北連合」の名前は関東はもちろん、日本中に知られるようになったが疲弊してる自分もいた。
漠然とではあるが「いつまで続くだろう」と。
無敗を誇った東北連合が関東の族との対決に敗れてしまった。
認めたくはなかったがその責任をとってリーダーを三代目に譲り引退した。
23歳の時だったと思う。
その後は求心力の低下とともに自然消滅のような形で解散してしまった。
あれほどの巨大勢力を維持出来なかったのは残念だったが後悔はしていない。
そして「東北連合の鈴木」という肩書がなくても慕ってくれる仲間がたくさんいたし水口晴幸のライブでは皆集まってくれる。
それは今も変わらない。
もう風が生まれる瞬間を見ることは出来ないが今もはっきりと風を感じた記憶は残っている。
日本中の元暴走族だった男たちの多くもそう思ってる事だろう。
そう俺達にとって不健全で最高な青春時代だった。
いろんなエピソード(例えば人をヤル時、躊躇しないように河原で犬を殴り殺させたなど)
真偽も含めてまたいつか書こうと思う。
そしてバイクとともに亡くなってしまった仲間たち…
あの世で会ったらまた走ろうぜ。