夏の雨は嫌いじゃない。
木々に力を与え 汚れた道路を洗い流す
濡れた身体は火照りを鎮め 晴れ間には虹を作る
だが人は光を求める。
ジメジメして鬱陶しいと太陽を求める。
夏の雨は嫌われ者だ
俺は太陽にはなれない
誰からも労わられ有難がられ喜ばれる太陽にはなれない
そう俺は夏の雨だ
時に土砂降りに 時に霧雨のように
そして台風になって周りを巻き込み世間さえも嵐にする。
暴力が悪い事だと言うのは勿論わかってる。
しかし力が解決する事。力がなければ動かせないこともある。
俺は少年院も刑務所も自分の事が原因ではなく全て仲間を守るために力を使ったためにそうなった。
そしてそれを一番わかっているのが女房だ。
勿論ムショ行きが決まった時は半狂乱になった。「どうするの?」「私はどうすれば良いの?」
さすがにこれで二人は終わりだとさえ思った。
それでも女房は面会のとき、飛びっきりのお洒落をして来てくれた。
髪を長くしワンピースを着て。
それが俺の好みに合わせている事ぐらいすぐわかった。
そしてそれが「待ってる」という合図である事も。
自分の旦那がムショに行くというこれ以上ない特異な苦労をさせてしまった。
そして「あの方の旦那さんは暴力団」と今でも言われ「人を殺したことあるんだって」とも
まぁそう言われてもしょうがない事を沢山して来たがヤクザでもないし人殺しでもない。
ただこういう男と結婚するという事は周りからのそんな視線さえも浴びなきゃいけないって事でもある。
そんな苦労かけてる女房を一度だけ怒った事がある。
それはまだ東北連合時代。
女房は当時煙草を吸う女だった。その事自体は別にいい。周りにも沢山いた。
ただ女房が煙草を吸おうと手に持った時、仲間の若い衆がサッとライターを出した。それを当たり前のようにもらった時、まさに火が点いたように怒った。
「何様だと思ってんだ!」と。
女房は「断ったら失礼でしょ?」と言って来たが許さない。
それ以来女房は人から火をもらう事がなくなったし女房に対して怒りを持った事はない。
この事で女房ははっきりと分かったと思う。特別ではないと言う事を。そしてそれは2人の子育てについても同様だった。
女房は数年前に体を壊した。今は酸素ボンベがないと生活出来ない。
代わりに俺が面倒みたいところだがこの俺も病気をして若干だが麻痺が残っている。
女房はそんな身体でありながら今も働き続けている。
感謝しかない。
意外に思うかも知れないが「ありがとう」と感謝の言葉は常に伝えている。どんなに親しい仲でも言葉
を使わないと伝わらない。
そう「愛している」も・・・ たまには言うぞ(笑)。
そんな女房と細やかな夢がある。
それは2人の思い出の場所、グアム島に行く事だ。
若い頃グアム島に何度も行きPICと言うホテルが常宿だった。そこに泊まり当時を振り返り女房と
ゆっくり語り合いたい。
今では白髪が増え苦労が顔に出るようになった。
せめてこのぐらいの事はしてやりたい。
郡山、いや東北で最も恐れられた男と一緒になった女。
今でも刺激をくれるし自分にとって先生のような存在でもある。
一秒でも長く 一秒でも多く
女房なしでは生きていけない。
全力で幸せにしたい。
