更新が滞ってしまい読者の皆様には大変ご迷惑をお掛け致しました。
実は2月から病気のため暫く入院しておりました。
現在は回復し元気にしております。
今後不定期ではありますが再開致しますので今後とも「男道」を宜しくお願い致します。
さて
再開第一弾として
今回は私と鈴木氏の関係とエピソードを紹介したいと思います。
当時イベントの打ち合わせをするので来いとの指示をもらい自宅に御邪魔しました。
その際に「ちょっと怖い人だから失礼のないよう気をつけろ」と言われビクビクしながら玄関のチャイムを押したのを覚えています。
広い玄関
広い茶の間
そこにドーンと存在感タップリ、でも思ってたより小柄な印象の鈴木氏がいました。
イベントはCOOLSのメンバー水口晴幸さんのライブ!
(鈴木氏と水口さんとの関係はいずれタップリ書きます)
何度も自宅で打ち合わせをしていくうちに鈴木氏がワンステップフェスティバルに大きく関わっていた事を知ります。
鈴木氏は大きな声で当時の事を懐かしそうに時に嬉しそうに語ります。
そして私が福島の人間ではない事。ワンステップフェスティバルを原体験してない事を知ると「これを見ろ」と1本のビデオテープを渡されました。
テープにはマジックで「ワンステップフェスティバル」と書かれています。
そうなんです!当時テレビで放送された貴重な映像を残したテープなのです。
私は自他ともに認めるビートルズマニア。このイベントに小野洋子が出演していた事はもちろん知っていました。その映像がここにある!
持つ手が震えるほど感激し店に持ち帰りました。
ところが!
事もあろうにその貴重で鈴木氏も家宝にしていたであろうこのビデオを紛失してしまったのです。
店のありとあらゆる場所を探します。
こんなところまで?というところさえ探しました。
がっ、ビデオは出て来ません。
置いてあった場所にない時点で妙だとは思ったのですが今もどこにあるのか不明なのです。
まさかスタッフがその値打ちを知って・・・ 自分の胸にそんな事が去来します。
いややめよう。身内を疑うのは・・・
私は意を決して鈴木氏に謝罪しに向かいました。
車中で「きっとぶっ飛ばされる。いやもしかしたもっと凄い事になるかも知れない」
オーバーではなく自分の身に何かあったら頼むと親しい人に伝えたほどです。
そのぐらい貴重でありまた鈴木氏に恐怖を感じていました。
いつものように茶の間に座りそして
謝罪。
「すいません ワンステップフェスティバルのビデオを失くしてしまいました」
「なにぃーッ!」
「本当に申し訳ありません」
「・・・・」
暫く沈黙が続きます。
私は木刀か何かで叩かれるか?とずっと緊張の時間が流れます。
ところが!鈴木氏は・・・
「まぁいい」
だった。
驚いてると
「他に持ってる奴がいるから何とかなる」。
そう言って不問にしてくれたのです。
しかも大声で怒られる事もなく、まるで喧嘩して負けて帰って来た子供を諭すように優しく「まぁいい」と。
鈴木氏は嘘が大嫌い。というか嘘はすぐ見破る。
だから言い訳をせず正直に話した事、そしてここに来るまでの私の葛藤や苦しみを悟って許してくれたんだと思う。
いやもしかしたら違う理由かも知れない。しかし私が思ってる以上の器の大きさを見せつけられてしまった思いだった。
そしてある事に気がついた。
大きな声 眼力 広い交友 笑った時のどこかチャーミングな顔
そうだ亡くなった親父だ!
あの時、私は鈴木氏に亡き親父の面影を見たのです。
きっとこのビデオ事件がなければ水口さんのイベントも1度きりで終ったでしょう。
「もう歳だからやんね~」と言いながらも毎年開催してくれました。
それからと言うもの私は「郡山の父」として親しみを感じると同時に経営のことから病気のことプライベートな事まで相談するようになりとても親しくさせて頂いてます。
ある日
鈴木氏から電話があり「君の力でタイガースのチケットとってくれないかな?」
それはグループサウンズのタイガースの事でとりわけ沢田研二が大好きだったそうなのです。
どこから情報が入ったのでしょう仙台で行われるタイガースの復活コンサート。それを1年も前に知っているのです。当然一般の人は知りません。
ビデオのこともあり私は即主催元のイベンターに連絡しました。
「何で知ってるんですか?」目を丸くするイベンター。「実はとてもお世話になってる方が・・・」
イベンターはファンクラブの次に良い席を押さえてくれました。
「きっとこれで鈴木氏は喜んでくれる」
案の定その日以降は会う度に「チケット大丈夫なんだろうな?」と何度も確認と若干の嫌味を言います。「なんせお前は失くすクセがあるからな。ワッハッハ」
本当に沢田研二が好きなのでしょう「ダメで元々なんだが・・・」と前置きしながらこう言った事がありました。
「サインもらえないか?沢田研二の。無理かな?」
さすがにこればっかりは厳しく「すいません。頼んでみますが・・・」
イベンターに言うも鼻で笑われます。「そもそもあまりサインとかしない人なので」
そしななかコンサート開催まであと1週間という時。
なんと鈴木氏緊急入院の連絡が入ります。
すぐ病棟にかけつけると弱々しくベッドに横になる鈴木氏がいました。
「大丈夫だ。病気はすぐ治す。でもタイガースは・・・ 無理だなぁ」
1年以上も前から楽しみにしていたコンサート。
しかも毎年ツアーをやるようにアーティストではなく数年ぶりの復活コンサート!
鈴木氏は断腸の思いでその席を息子さんに譲った。
コンサートの翌々日。
私は1枚の色紙を持って病院へ向かった。
それは沢田研二のサイン色紙。
イベンターに頼んで頼んで拝み倒して入手した本物のサイン!
そのサインは当日書いてもらったものではなくイベンターが個人的に所有していた数年前のもの(だったと思う)。
「それなら私のものを送ります。私はまた本人からもらいますから」
病室でサインを見せると子供のように喜んでくれました。
そしてあの鈴木氏の目に潤んだものが!
「ありがとう。ありがとう」
これで私と鈴木氏の繋がりはより一層強く硬いものになった。
はずでした。
実はその後
「お前なんか郡山にいれなくしてやるからな!」
と
鈴木氏を激怒させ本当にぶっ飛ばされる!という大事件が起きたのです。
続く
