小学生だった僕は、それでも音楽に囲まれた暮らしをしていた気がする。
ひょんなことから(友達へのあこがれ)から始めたトランペットがそのスタートだった。
小学4年頃だったろうか、友達の「福島くん」は、鼓笛隊に入っていて、トランペットをやっていた。
そんな福島君とは、よく野球を見に行った。神宮や後楽園。ヤクルトスワローズと日本ハムのファンクラブに
入っていて、今思えばタダ同然で野球を見れた。
(神宮で見た最も美しいホームランは、大杉選手のホームランだ)
そして僕もトランペットを始める。小学校の「器楽部」に入るのだ。
もともと、僕のうちの家系には、芸術肌は皆無だった。そんな中で突然にトランペットを始めたい!と
言った僕に、両親はヤマハのトランペットを買ってくれた。(おそらく新宿のどこかの楽器店だ)
そして母だったかな、二二ロッソのレコードも買ってくれた。
福島君は、ファーストパートだったが、初心者の僕は、サードくらいだったかな。
それでもマウスピースを手放さずに練習したものだ。
「自分のマウスピースは他人に吹かせないように」という顧問の先生の言いつけを守っていた僕は
兄がいたずらに吹いたことで、泣くほど怒ったことがある。
トランペッたーとして始まった、僕の「バンド人生」は、中学校になるとより幅を広くする。
自然に入部したブラスバンドでは「ユーフォニューム」を担当することになった。
地味で好みではなかったが、顧問の先生の殺し文句に負けた。
「君がユーフォをしてくれるなら、新しい楽器を買うよ。」
そして同じ頃には、ギターのコードもだいぶ覚えていた。フォークソングは、そこそこストロークならば
弾けたと思う。アルペジオはまだまだ、スリーフィンガーは出来なかったが・・・。
何だか、今回はROCKと言うより、ブラスバンドネタでした。