先日から取材ラッシュである。
韓国のSBSや深夜の情報番組、雑誌やNHKまで、俺はすっかり取材に追われている。
嬉しいような困るような…。
俺はテレビは見ないし、テレビの取材はえげつないから苦手だ。
その点、雑誌の取材は、日本語が通じる相手だから、やりやすい。
こちらの資料にもきちんと目を通してくれるし、俺の顔も出ないからね。
今日は久しぶりに仕事に専念できるかな。
明日は、俺の誕生日である。
俺の母親だった人は、俺を身ごもった後、近所の大きな川を見下ろす橋梁へ毎日通い、身を投げようか迷った挙句、結局その度胸がなかったから俺を産むことを選択したそうだ。
おかげで悪しき記念日だ。
彼女に「産まなきゃよかった」と言われても、生まれてきたから、仕方がないので、俺はのうのうと生き続けて、それなりに生きている意味を見出そうとしてきた。
ただ、その意味は自分自身で見つけなければならない。
だから、ずっと走り続けなければならなかったのだが、結局、俺は未だに誰かを助けた時にしか、その意義を感じることはできていない。
でも俺が誰かを救い続けてきたおかげで、彼女に電話をした最後の日に、
「俺がたくさんの命を救い導いたことで、たくさん幸せになった人がいる。
だから、その人達にとっては産んでよかったんじゃないか。」
と伝えた時、彼女は「そうだね。」と泣いていた。
俺には、今でも彼女の選択が正しかったのかどうかはわからない。
それでも俺は毎日誰かを救い続けるために、この新宿で暗躍している。
甲斐あって、その証がまた世の中に残ることになった。
明日は、全国の書店やコンビニに、俺の氏名と共に、俺が取材協力をした記事が掲載された雑誌が一斉に並ぶのである。
その雑誌は、日本で最初に創刊された週刊誌であり、全国紙でもある有名雑誌だから、名誉あることだ。
言葉と日本語を大切にしてきた俺にとって、とても嬉しいことである。
しかも雑誌なら顔はバレないし、雑誌の中で暗躍するのなら多少はいいのかもね。
おかげで久しぶりにいい誕生日になったよ。○○新聞さん。
俺の母親だった人は、俺を身ごもった後、近所の大きな川を見下ろす橋梁へ毎日通い、身を投げようか迷った挙句、結局その度胸がなかったから俺を産むことを選択したそうだ。
おかげで悪しき記念日だ。
彼女に「産まなきゃよかった」と言われても、生まれてきたから、仕方がないので、俺はのうのうと生き続けて、それなりに生きている意味を見出そうとしてきた。
ただ、その意味は自分自身で見つけなければならない。
だから、ずっと走り続けなければならなかったのだが、結局、俺は未だに誰かを助けた時にしか、その意義を感じることはできていない。
でも俺が誰かを救い続けてきたおかげで、彼女に電話をした最後の日に、
「俺がたくさんの命を救い導いたことで、たくさん幸せになった人がいる。
だから、その人達にとっては産んでよかったんじゃないか。」
と伝えた時、彼女は「そうだね。」と泣いていた。
俺には、今でも彼女の選択が正しかったのかどうかはわからない。
それでも俺は毎日誰かを救い続けるために、この新宿で暗躍している。
甲斐あって、その証がまた世の中に残ることになった。
明日は、全国の書店やコンビニに、俺の氏名と共に、俺が取材協力をした記事が掲載された雑誌が一斉に並ぶのである。
その雑誌は、日本で最初に創刊された週刊誌であり、全国紙でもある有名雑誌だから、名誉あることだ。
言葉と日本語を大切にしてきた俺にとって、とても嬉しいことである。
しかも雑誌なら顔はバレないし、雑誌の中で暗躍するのなら多少はいいのかもね。
おかげで久しぶりにいい誕生日になったよ。○○新聞さん。
ブログネタ:いい年って何歳? 参加中最近、映画界では、昔の作品のリメイクや実写化が盛んで確実にちょうど俺ぐらいの年齢層を狙ってきている作品を配給しようとしている。
今月の20日には、「宇宙刑事ギャバン」を公開し、つい先日のニュースでついに「科学忍者隊ガッチャマン」の実写映画化の製作発表がされた。
きっと子供時代に夢中になったものは、いつまでも魅力的に感じるのだろうな。
だから子どもの時に様々な体験をさせておくことは大切なのだろうね。
でも、30歳を超えた今は、さすがにいい歳こいてと思うようになった。
20代は、いい歳とはいえないと思う。20代は、まだわからないことがあっても許される年齢であったし、失敗もたくさん許される。社会人としてはまだまだである。
さらに徹夜も夜更かしもバリバリできる体力があったので、多少のやんちゃも許された。
たとえ恥ずかしいことをしても若気の至りである。
しかし、30代になると、人生の辛苦を経験し、いやがおうにも落ち着きが出てくるし、他を顧みない無鉄砲な行動は慎まなければならない。周囲の見本にならなければならない。
まだまだ若々しくありたいと考えても無理が生じてくる。30歳越えて「宇宙刑事」「科学忍者隊」じゃないだろう。完全に痛い大人である。
しかい、30歳を超えても、やはりギャバンは一人で闘って凄いし、使命感で燃えている烈さんはやはりカッコイイ大人の見本なのである。
そして、科学忍者隊なんてものはあるはずがない空想の産物にも関わらず、どこかにそういう存在があって暗躍しているのではないかと考えると、自分もその一員になりたいと考えるのである。
きっと現実の大人は、あまりカッコよくないんだろうな。
俺は幸い、空想に近いというか、ドラマや映画の内容に近い仕事をしているから、まだいいのかもしれない。
ただ、表に出てこられないので、あまりちびっこや若者には憧れられない存在である。なかなか現実は厳しいね。
俺は、本当のプロフェッショナルやヒーローは表には出てこられないと考えている。その理由は簡単で、有名になれば仕事がしづらくなるからである。テレビに出ると顔が知られてしまうからね。
もしかすると、俺もそろそろ落ち着いた生活にシフトしていかなければならないのかもしれないが。
まだまだ暗躍したい気がするが、「いい歳こいて」とだけは言われたくしたいものだ。
事件が起きると、取材を受けるのは、まるでホームズみたいで悪い気はしないけど、
潜入調査がしずらくなるのは大変だね。

潜入調査がしずらくなるのは大変だね。
ブログネタ:1番好きな動物 参加中俺は動物全般を見るのは好きである。
動物園になら何時間でもいられる。同じ動物をずーっと長く見ているタイプである。
その中でも、毛がフサフサしている動物は皆好きである。色が白ければなおさら好きだ。
これは生理的なものなので、理由を言うのは難しい。
特にウサギやハムスターはかわいいなと思う。
高校生の時に初めてハムスターを飼ったのだが、彼女が死んだ時にあまりにも辛くて、もうペットを飼うのはやめようと思いそれ以来飼っていない。
動物の中で一番好きなのは、パンダである。
だが、実は幼い頃から俺はパンダが好きだった訳ではない。
パンダが好きになったきっかけは、新潮社のマスコットキャラクターである「YONDA」君を知ってからである。
新潮文庫の販促グッズとして、文庫を購入し、裏表紙にある応募券を何枚か集めると、YONDA君グッズがもらえるのだが、その中に「パンダが本を読んだおはなし」というDVDがある。
そのDVDの内容は、なぜパンダが本を読むようになるに至ったストーリーなのだが、意外なせつない話にすっかりやられてしまい、以来YONDA君の大ファンになってしまったのである。
本屋で新潮文庫のコーナーでYONDA君を見かけると、せつなくなるほど感情を移入してしまった。
その影響で俺はパンダ全般が大好きになった。
パンダはいい。最強だ。あの奇跡の柄は何なのだろう。
熊だから、とても大きく力も強いのだが、草食だから笹を食べる。
笹しか食べないから、フンもお茶の匂いである。
熊なのに、草食。
美しいのに力が強い。
これこそ俺が目指す理想の男子像である(笑)
表面は穏やかなのに心は激しい熱情で満たされている状態でいることってとても難しいことだ。
俺はいつもギラギラ気を張っているので、いつも誤解をされるが、本当は優しいところもあるのだぞ(笑)
もし生まれ変わるのならYONDA君になって、本を読んで穏やかな生活をしていたいね。
ブログネタ:迷ったらやる?やらない? 参加中私はやる派!
俺が大人になって学んだことは、行動力を身に付けることは大切だということだ。
当たり前のことだが、人間には、するべきか、しないべきかで迷う場面がいくつもある。
俺は基本的に怠けものだし、面倒くさがりで、出不精である。だから若い時分には、やらずに悔んだことも多かった。
自分が後から後悔することはしない方がいいし、した方が良いものはした方がいいのである。
俺が迷っている時は、その時の心の弱さだったり、体面を気にしたり、見栄を張ったりする時だ。
しかし、もし自分があとから振り返って、人に笑われたり、他人に批判されたりすることを恐れ、やろうと思えばできたことに対して「あの時にしていれば」と悔やむのは非常に惜しいことだ。
極論、仮に誰かを傷つけようが、自分が傷つこうが、後から自分が悔まない行動が大切なんだと実感している。もちろん余計に誰かを追い詰めたり、法に背くことは悪いことなのだが。
間違っているか、みっともないことかどうかは他人が決めることではない。
自分の行動を後から振り返った時に、満足するか、不満に思うか、納得するのは、自分になるからだ。
してもしなくても何も変わらないことならば、しなくとも良いのだが、もし、何かが変わるとして何もしなければ、ただ時間と共に通り過ぎて行くだけだ。
おそらく、俺は他人から見て格好悪いことや、みっともない真似をたくさんしたと思うし、そう非難されても仕方がないことをたくさんしたと思う。
みっともないから内容はここには書けないが、最近も自分の価値観ではありえないみっともないことをしてしまった。
だが、もしやっていなければ、もっと苦しんでいただろうと思うと、納得できるのが自分だけだとしても、その言動を執ったことが正解だったと思えるのである。
これからもたくさんの格好悪いこと、みっともないことを繰り返しながら、ありのままの大人として自分を愛し、他人へ愛情を注げるように円熟していければと願っている。
俺は、既に後悔を繰り返す若い時間は終わった気がする。だから、その失敗を円熟させていかなければならない。
俺はいつになったら自分の望む大人になれるのだろうか。
ブログネタ:恋人・仕事・自分の時間、一番大事なのは? 参加中人生には、たとえ答えがわからなくとも、どうしても選ばなければならない困る時がある。
その一つに恋愛における時間の配分がある。
恋人との時間。仕事の時間、自分の時間のそれぞれの配分だ。
自分の時間が少なければ、不満に思うだろうし、仕事や学校は適当にやってはいけないから難しいものである。
どうしたらいいのかは、結果論になってしまうので、答えはないのだが、俺の場合は自分の時間や仕事を重んじ過ぎて、相手の気持ちに配慮せずに失った経験が多いため、猛省しなければならないのだが。
「私と仕事のどっちが大切なの?」
「自分の時間ばかり欲しいのなら、私と一緒にいる意味って何?」
何事も適度なバランスが大切だと、俺は頭では理解できているが、実際には人間には感情があるので、なかなか難しいものである。
本来、自分にとっても、自分の時間は大切で、自分の仕事も大切だと思うのであれば、相手のそれも同じように尊重できるはずである。
しかし、不思議なもので、頭ではわかっていてもそう思えない時がある。
始まったばかりの恋や、不安な時、満足していない時である。
恋が始まったばかりの時は、相手のことがまだ理解できていないし、まだまだ相手に会いたい気持ちが強い。
不安な時は、相手が何をしているのか心配になる。
満足していない場合は、より愛情を欲しがる。
もちろん、自分がそう思った時には、それを我慢しなければならないのは当然なのだが、もし、相手へそう感じさせているのであれば、それは問題である。
理解されていないのなら、理解してもらう必要があるし、
不安にさせたのなら、安心をさせる必要があるし、
満足していないのなら、たくさん愛情を与える必要がある。
つまり、早くその状態に達するためには、なるべく一緒にいる時間を増やし、恋人への時間に重点を置くように心がけることが結局一番早い方法なのではないか。
ただ、中には、自分を持たず、過剰に愛情を欲しがったり、相手の時間を全く尊重できなかったりする人がいるが、それは相手の愛情へ依存している状態であるからそれは望ましくないが。
そうやって、互いを理解し、安心感と愛情で満たされた期間を経て、やがて恋のドキドキが終わって、昇華された穏やかな愛が訪れる。
あまり初めから早い段階で、仕事や自分の時間を大切にしたいと、相手へ理解してもらおうとするのは、いささか強引なのである。
理解と安心と愛情。
言葉で言うのは簡単だけれど、本当にその全てを相手に与えるのは本当に難しいことなんだね。
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