現代中国というのは何をするにも目的を見失いがちです。
一つ笑い話があるのですが、あるマンションの入り口は、カードをピタッとするタイプのオートロックになっているのですが、カードキーを忘れた住人が力任せにあけてすぐに壊してしまうのです。管理業者はこれを嫌ってオートロックの扉を開いた状態で放置するようになりましたが、防犯意識の高い住人は勝手にこれを閉めてしまいます。仕方なしにオートロックの横にガードマンをおいてカードキーを忘れた住人の代わりにロック解除するようになりましたが、冬になり寒くなるとガードマンは守衛室から出てきません。管理業者は度重なる修理代に嫌気がさして、なんと一定以上の力がかかったらロックが解除されるオートロックを導入しました。それ以来、オートロックはかかっていますが壊されることはなく、住人はカードキーを携帯する必要もなくなって幸せに暮らしたそうです。
面と向かってあなたは頭が不自由なのか、それとも馬鹿なのか、あるいは凡人に理解できないレベルのジョークのつもりなのか、ちょっと納得いくまで話を聞いてみたい気もしますが、じつは中国にこういうレベルの話はよくあります。すぐに目的を忘れてしまうのです。冬の北京は乾燥しますから山火事を嫌って政府が入山禁止にします。誰もいうことを聞かないので監視員を選任します。腕章をつけた監視員はいくつかある登山口の一つに立つわけです。そして言うのです。「ここはダメだ。人を通すなって言われているから。あんたたち、アッチから登りな!」
目的を見失った行為というのはことほど左様に意義を失うわけです。
さて、太極拳にもいろんなタイプがあり、中国の公園や、日本の競技会などでもいろんな種類の套路が練習されたり、演武されたりしているわけですが、もし動作の意味をわからずに身体を動かしているとしたら、それは自動解除されるオートロックと同じ程度にしか武術や健康の役に立たないだろうと思います。無意味だとはいいませんけどね。
私も形意拳を練習し始めたころ、結構バンバンと足を踏み鳴らしていたのですが、これでは力が全然重みをもたないのですよね。自分のなかではこの時期の自分を拳児病と呼んでます。いや、拳児は愛読書ですけどね、わたしゃいまだに八極拳への憧憬がかなり強いのだということから自分への戒めにしています。八極拳も地味な拳法と言われますが、形意拳はさらに地味なんです。だいたい、身体の内面の力の伝導をいかにあいてにばれないようにするかは武術の基本ですから、動きが派手で格好いいものなんてのは戦いの役にはたたんわけです。
太極拳は健康のためにしてもいいですが、本来の目的は武術であり、その副産物として健康になるわけで、本来の目的を失った動作だけやっても武術にならないだけでなく、大した健康の役にもたたんだろうと思うところです。
私は以前、ロッククライミングにズブズブにはまっていた時期があり、自分のHPを作ったり、ブログを書いたりしながら、平日は週に2-3日のペースで終業後にクライミングジムへ通い、週末は基本毎週アウトドアの岩場でロッククライミングを楽しんでいました。
自分なりには結構やりきった感があって、また自分が進める限界というのも感じていて、ちょうどそういう時期に中国に赴任し、環境も一変してクライミングからは離れてしまいました。
それで、いうなればかなりのハードワークを日常的にやっていた人間が、急に文化的な生活に切り替えるとなにが待っているかというと、「肥満」そして「肩こり腰痛」転じて「ぎっくり腰」ってところで、中国で2年も経つと体重は10キロ増え、ぎっくり腰の間隔は短くなって2ヶ月に一度病院へ通うにいたり、再度トレーニングすることを思い立ちました。
太極拳をやりだしたというのは、そういう時に学生時代に憧れた中国拳法という「謎の武術」っぽい存在を思い出す出会いがあり、入門したという経緯があります。
ただ、中国の友人、特に若い世代に対して自分が太極拳をやっていると言うと、たいていの反応は「まだ若いのに太極拳?」とか、「クライミングから太極拳ってすごい落差だね」なんていう否定的な感想ばかり。
そうなんです。中国の若い世代にとって、伝統武術なんていうのはクールじゃあない。まして太極拳なんてのは彼らが学生のころに授業で習う健康体操、日本人にとってはラジオ体操みたいな扱いしかしてもらっていません。
反面、ある一定の年齢を超えた、企業などで管理職をしていたり、自分で会社経営しているような中国人には精神的な価値観を理解する人も育っており、「本物」を求めるために金に糸目をつけないような人も多くいます。
私が習っている先生は学生からは1回1.5時間で100元を学費としてとっておられますが、おなじ北京市で同じ孫式でもちょっと名前の後ろになんとか協会なんとか長とか肩書がついたら軽く1回500元とか600元、その手の権威による上級課程とかになると1過程3ヶ月週1回で3万元とかいうのもあるそうです。
最近北京に暮らす外国人が減ると、外国人向けの語学学校の経営は厳しくなり、競争のなかでオプションとして太極拳とかも教え始めるところが増えています。私の先生のところにも同じような学校経営者が門を叩いたのですが、1周間習っただけで教え始め、1回の授業料は3800元だったとのこと。たかけりゃいいってものじゃありません。
中国武術の世界で師を求めるのに3年と言われてきましたが、それほどまでに玉石混交の世界ということでしょう。一番厄介なのは、素人には出会った師匠が本物かどうかを見るための判断力がないってところでしょうね。
私の場合、太極拳を初めてから1年過ぎましたが、この間、ぎっくり腰で病院へ行ったことはありません。これだけでも結構な成果ですけど、神秘の力とかではなく、単に姿勢がよくなり、不要な力みがなくなり、骨格と筋肉が合理的な状態に近づいたってことなのだろうと思っています。
もし、こういう体の使い方を知っていれば、クライミングでも更に高みを目指せたのかもしれないと最近思います。体重移動のシビアさ、体の一部ではなくていかに全身の力を合理的に伝えるかという方法など、クライミングでつま先や指先で体重を壁に張り付かせる技術と多くの共通点を見いだせるような気がします。
ただ、今は太極拳、私にとってはこの道しかない、という状況です。師について学ぶということはそれを継承する義務を背負うことでもあり、継承とは人に伝えるということでもあります。教えられるようになるためには、師の持っているものを余さず受け継ぐだけでなく発展させなければならず、そうでなければ文化とは継承できないのだろうとも思うのです。無形の文化は保存することでは劣化しかしないでしょうから、本質を発展させるための変容は必要だとも思うのです。そのためには教わらなければならないものが多すぎるし、教わるための段階に進むまでに自分の実力を積み重ねなければならないという、絶対的に重ねなければならない時間が必要です。
北京にいる間に、先生との時間を共有できる間にどこまで行けるか、時間との戦いだという気がします。いまのような環境は長く続かないのかもしれない、という危機感、時間に追われる切迫感、まぁ、それはともすれば怠惰になってしまう自分にとって良い刺激なのかもしれませんけど。
自分なりには結構やりきった感があって、また自分が進める限界というのも感じていて、ちょうどそういう時期に中国に赴任し、環境も一変してクライミングからは離れてしまいました。
それで、いうなればかなりのハードワークを日常的にやっていた人間が、急に文化的な生活に切り替えるとなにが待っているかというと、「肥満」そして「肩こり腰痛」転じて「ぎっくり腰」ってところで、中国で2年も経つと体重は10キロ増え、ぎっくり腰の間隔は短くなって2ヶ月に一度病院へ通うにいたり、再度トレーニングすることを思い立ちました。
太極拳をやりだしたというのは、そういう時に学生時代に憧れた中国拳法という「謎の武術」っぽい存在を思い出す出会いがあり、入門したという経緯があります。
ただ、中国の友人、特に若い世代に対して自分が太極拳をやっていると言うと、たいていの反応は「まだ若いのに太極拳?」とか、「クライミングから太極拳ってすごい落差だね」なんていう否定的な感想ばかり。
そうなんです。中国の若い世代にとって、伝統武術なんていうのはクールじゃあない。まして太極拳なんてのは彼らが学生のころに授業で習う健康体操、日本人にとってはラジオ体操みたいな扱いしかしてもらっていません。
反面、ある一定の年齢を超えた、企業などで管理職をしていたり、自分で会社経営しているような中国人には精神的な価値観を理解する人も育っており、「本物」を求めるために金に糸目をつけないような人も多くいます。
私が習っている先生は学生からは1回1.5時間で100元を学費としてとっておられますが、おなじ北京市で同じ孫式でもちょっと名前の後ろになんとか協会なんとか長とか肩書がついたら軽く1回500元とか600元、その手の権威による上級課程とかになると1過程3ヶ月週1回で3万元とかいうのもあるそうです。
最近北京に暮らす外国人が減ると、外国人向けの語学学校の経営は厳しくなり、競争のなかでオプションとして太極拳とかも教え始めるところが増えています。私の先生のところにも同じような学校経営者が門を叩いたのですが、1周間習っただけで教え始め、1回の授業料は3800元だったとのこと。たかけりゃいいってものじゃありません。
中国武術の世界で師を求めるのに3年と言われてきましたが、それほどまでに玉石混交の世界ということでしょう。一番厄介なのは、素人には出会った師匠が本物かどうかを見るための判断力がないってところでしょうね。
私の場合、太極拳を初めてから1年過ぎましたが、この間、ぎっくり腰で病院へ行ったことはありません。これだけでも結構な成果ですけど、神秘の力とかではなく、単に姿勢がよくなり、不要な力みがなくなり、骨格と筋肉が合理的な状態に近づいたってことなのだろうと思っています。
もし、こういう体の使い方を知っていれば、クライミングでも更に高みを目指せたのかもしれないと最近思います。体重移動のシビアさ、体の一部ではなくていかに全身の力を合理的に伝えるかという方法など、クライミングでつま先や指先で体重を壁に張り付かせる技術と多くの共通点を見いだせるような気がします。
ただ、今は太極拳、私にとってはこの道しかない、という状況です。師について学ぶということはそれを継承する義務を背負うことでもあり、継承とは人に伝えるということでもあります。教えられるようになるためには、師の持っているものを余さず受け継ぐだけでなく発展させなければならず、そうでなければ文化とは継承できないのだろうとも思うのです。無形の文化は保存することでは劣化しかしないでしょうから、本質を発展させるための変容は必要だとも思うのです。そのためには教わらなければならないものが多すぎるし、教わるための段階に進むまでに自分の実力を積み重ねなければならないという、絶対的に重ねなければならない時間が必要です。
北京にいる間に、先生との時間を共有できる間にどこまで行けるか、時間との戦いだという気がします。いまのような環境は長く続かないのかもしれない、という危機感、時間に追われる切迫感、まぁ、それはともすれば怠惰になってしまう自分にとって良い刺激なのかもしれませんけど。
孫式太極拳、というか太極拳と八卦掌と形意拳を含む孫家拳について、それぞれの拳種の特徴を簡単に紹介します。
孫式太極拳は形意拳と八卦掌を融合した太極拳でありますが、それぞれの動作を組み合わせたというものではありません。太極拳のなかに形意拳や八卦掌の動作が含まれていると考えるのは誤りで、正しくは形意拳や八卦掌の本質を太極拳の中に昇華しているというもので、太極拳はあくまでも太極拳なのであります。
それゆえに、孫式太極拳と区別してこの門派を孫家拳ということもあり、孫家拳には孫式太極拳と孫式形意拳と孫式八卦掌が含まれます。つまり、太極拳と同時に形意拳と八卦掌も練習するのがこの門派の大きな特徴です。
孫門、といってもいいかもしれませんが、実際にはほかにも剣術や刀法もあります。ただ私はまだ形意拳と八卦掌と太極拳でいっぱいいっぱいですから武器を扱うのは入り口にも立ってないのでここでも触れません。
太極拳に多くの門派があるのは以前にも取り上げましたが、形意拳や八卦掌にも多くの門派があり、それぞれ練習方法や套路(型)も違います。孫式太極拳には套路は一つしかありませんでしたが、その後に競技用の套路が編纂されました。伝統套路は97式、競技套路は78式です。どちらも小架式で動きは小さく、まったく見栄えがしませんから、私は競技には向いてないと内心思っています。
形意拳もシンプルな拳法で、基本技の五行拳の5種類の打ち方と、それらを連ねて套路(型)にした五行連環拳、応用技の十二形拳という動物の形を模した技とそれらを組み合わせた雑式捶(十二形拳の套路)と八式(五行拳と十二形拳の一部から作られた套路)、あとは二人で対練する型が二つ(五行炮拳と安身炮拳)ですが、対練の型は私の先生は忘れてしまったそうな。
五行拳と十二形拳の内容は列記すると下記のとおりです。
【五行拳】
金行劈拳
水行鑽拳
木行崩拳
火行炮拳
土行横拳
【十二形拳】
龍形拳
虎形拳
猴形拳
馬形拳
黽形拳
鶏形拳
鷂形拳
燕形拳
蛇形拳
タイ(鳥+台)形拳
鷹熊合一拳(鷹形拳・熊形拳)
八卦掌は変化の多い拳法で、門派によっては多くの変化を套路に編纂されたりしているようですが、孫式は八卦連環掌(十大掌)と呼ばれる10種類の動作のみです。うち、基本技とされるのが単換掌と双換掌で、変化技が8種類、列記したら基本技を加えて下記のようになります。
両儀単換掌
四象双換掌
乾卦狮形狮子掌
坤卦麟形返身掌
坎卦蛇形順勢掌
離卦鷂形卧掌
震卦龍形平托掌
艮卦熊形背身掌
巽卦鳳形風輪掌
兌卦猴形抱掌
特に八卦掌は他流派に比べてなぜこんなに技が少ないのかという疑問がありますが、孫禄堂師が八卦掌を学んだ時にすでに形意拳の基礎が出来ていたのでこれらの技を学んだ時点で、そのほかの技は枝葉末節にしか見えなかったのでは、なんていう勝手な推論が中国のネットの世界ではまことしやかにささやかれています。真実は闇の中ですが、いろいろ想像するのは楽しいものですね。
孫式太極拳は形意拳と八卦掌を融合した太極拳でありますが、それぞれの動作を組み合わせたというものではありません。太極拳のなかに形意拳や八卦掌の動作が含まれていると考えるのは誤りで、正しくは形意拳や八卦掌の本質を太極拳の中に昇華しているというもので、太極拳はあくまでも太極拳なのであります。
それゆえに、孫式太極拳と区別してこの門派を孫家拳ということもあり、孫家拳には孫式太極拳と孫式形意拳と孫式八卦掌が含まれます。つまり、太極拳と同時に形意拳と八卦掌も練習するのがこの門派の大きな特徴です。
孫門、といってもいいかもしれませんが、実際にはほかにも剣術や刀法もあります。ただ私はまだ形意拳と八卦掌と太極拳でいっぱいいっぱいですから武器を扱うのは入り口にも立ってないのでここでも触れません。
太極拳に多くの門派があるのは以前にも取り上げましたが、形意拳や八卦掌にも多くの門派があり、それぞれ練習方法や套路(型)も違います。孫式太極拳には套路は一つしかありませんでしたが、その後に競技用の套路が編纂されました。伝統套路は97式、競技套路は78式です。どちらも小架式で動きは小さく、まったく見栄えがしませんから、私は競技には向いてないと内心思っています。
形意拳もシンプルな拳法で、基本技の五行拳の5種類の打ち方と、それらを連ねて套路(型)にした五行連環拳、応用技の十二形拳という動物の形を模した技とそれらを組み合わせた雑式捶(十二形拳の套路)と八式(五行拳と十二形拳の一部から作られた套路)、あとは二人で対練する型が二つ(五行炮拳と安身炮拳)ですが、対練の型は私の先生は忘れてしまったそうな。
五行拳と十二形拳の内容は列記すると下記のとおりです。
【五行拳】
金行劈拳
水行鑽拳
木行崩拳
火行炮拳
土行横拳
【十二形拳】
龍形拳
虎形拳
猴形拳
馬形拳
黽形拳
鶏形拳
鷂形拳
燕形拳
蛇形拳
タイ(鳥+台)形拳
鷹熊合一拳(鷹形拳・熊形拳)
八卦掌は変化の多い拳法で、門派によっては多くの変化を套路に編纂されたりしているようですが、孫式は八卦連環掌(十大掌)と呼ばれる10種類の動作のみです。うち、基本技とされるのが単換掌と双換掌で、変化技が8種類、列記したら基本技を加えて下記のようになります。
両儀単換掌
四象双換掌
乾卦狮形狮子掌
坤卦麟形返身掌
坎卦蛇形順勢掌
離卦鷂形卧掌
震卦龍形平托掌
艮卦熊形背身掌
巽卦鳳形風輪掌
兌卦猴形抱掌
特に八卦掌は他流派に比べてなぜこんなに技が少ないのかという疑問がありますが、孫禄堂師が八卦掌を学んだ時にすでに形意拳の基礎が出来ていたのでこれらの技を学んだ時点で、そのほかの技は枝葉末節にしか見えなかったのでは、なんていう勝手な推論が中国のネットの世界ではまことしやかにささやかれています。真実は闇の中ですが、いろいろ想像するのは楽しいものですね。