いまから遡ること約100年、すでに形意拳と八卦掌を習得していた開祖である孫禄堂が、武式太極拳を伝承され、形意拳と八卦掌と太極拳を一つに集約して再構築して創始したのが孫式太極拳となります。
現在に伝わる太極拳の主要な陳楊呉武孫の5式の中では最も遅く創設されたものでもあり、現在に至るまでの伝承の系譜も比較的明確に残っているのですが、それだけに多くを語ると出自がすぐバレてしまいますのでやめておきます。ともあれ日本でも某団体の某氏などにより比較的有名になっている開祖の娘さんである孫剣雲や、開祖の直弟子であった孫振川などが並ぶ第1代伝承者、さらにわかれて現状で第5代か第6代くらいまで伝承されているかといったところです。
同じ孫家拳でも、代が進むにつれてそれぞれ特徴が分かれていったところもあり、どの流れを汲む師についたかによって、それぞれ風格に大きな違いが生じているところもあります。
ただ、そういったところを含めて大きく孫式太極拳の特徴を言うとすれば、形意拳と八卦掌の特徴が太極拳に融合しているという点であり、例えば中国武術で避けては通れない站椿ですが、孫式太極拳の站椿には形意拳の三体式が採用されています。
また、中国武術における単独練習で站椿と並んで重要なのが套路(型)の練習ですが、ここにも形意拳や八卦掌の型や動作が多く含まれているのみならず、孫式太極拳とは太極拳の套路だけでなく、形意拳と八卦掌も同時に学ぶというところに大きな特徴があります。
それだけに、たとえ同じ師匠についていたとしても、弟子個々人の特性によっても例えば形意拳を熱心に練習するのか八卦掌なのか太極拳なのかで、それぞれの功夫も大きく違うものになってくるようです。
ちなみに、孫式太極拳の套路にも伝統97式と、競技用73式の二種類があります。私には審美眼がかけているようで、競技用が伝統式に比べて見栄えのよいものとも思えませんが、要するに競技用とは見た目の美しさを効果的に引き出すことを主眼として設計されたものです。伝統97式の中には同じ動作の反復が何度も出てくるので、競技のなかでは無為に時間を費やす要素だという判断があったのかもしれません。
競技用の套路を否定するつもりはありませんが、私としては競技に参加する気になってからやっても遅くないので、まずは伝統式を愚直に練習したいと考えている次第です。
まず、日本の太極拳を一緒に話すとややこしいので中国に限定します。
その上で、太極拳には2種類あり、一つは文革後に中国政府によって文化普及と健康促進のために制定された制定拳、もう一つには文革前から中国各地で武術として受け継がれてきた伝統拳とがあります。
制定拳の前に、太極拳はすでに多くの流派に分かれていましたが、有名な五派として、陳、楊、呉、武、孫の5式があります。制定拳とは主に楊式を基礎として、それまで習得が非常に難しいとされていた太極拳を簡単に誰にでもできるようなものに改修して、中国の文化の普及と国民の健康促進の目的に取り組まれたものですが、このプロジェクトは一度で終わったものではなく、最初に生まれた24式、そして36式、48式などの簡易太極拳のほかに、上記五派の簡易版もまた存在することになりました。
私が練習する孫式太極拳にも伝統拳としての型と、制定拳としての型があり、基本になる個別動作は見た目はほとんど同じですが、構成の仕方がことなります。
ここで、制定拳と伝統拳のどちらが本物かという議論は意味がないですし、誰もが自分の良いと信じるものを突き詰めればいいのだろうと思うのですが、私の個人的な見解では誰にでも簡単に出来る武術という発想と、それを信じることの出来る感覚は理解できないところでもあります。
おそらく、個別動作に魂がはいっていれば、それで制定拳の套路(型)をやっても本物になるのでしょうが、ネットであつめた伝統拳の套路を見よう見まねで練習してもそこに魂がなければ本物ではないでしょう。問題は、制定拳を教えてくれる先生に本物がいるのかどうかというところではないでしょうか?
さて、脱線しましたが、太極拳の発祥はなかば伝説と化しております。金庸の愛読者である私としては、少林寺から出た張三豊が武当山で開いたものという伝説が本当だったらいいなぁと思っていますが、諸説あって断定できません。伝説のなかに生まれた太極拳を祖とするならば、そこと陳家溝との繋がりが現在に伝わる太極拳のルーツになるのかもしれません。
最近、「太極」という香港映画がありましたが、これは楊式太極拳の開祖が、当時門外不出であった陳家溝に伝わる陳式太極拳の門を叩くことがメインプロットとなっています。内容は荒唐無稽ですが、楊露禅が陳家溝に学んだことは史実として伝わっていることであります。
残りの4派については、呉式のルーツが楊式で、武式のルーツはもう少し後代の陳式と言えます。そして、孫式のルーツとなると太極拳におけるそれは武式ということができます。
なぜ太極拳におけるという前提がつくのかというと、孫式太極拳の始祖である孫禄堂が太極拳を学んだ時、彼はすでに形意拳と八卦掌を習得しており、武式太極拳を伝承された後にこれら3つの拳法を一つに集約して再構成されたのが孫式太極拳ということになるからです。
昨今は陳式○派太極拳なんてのも出てきていますが、これは現在主流とされる五派のルーツが陳式だという感覚から看板に乗せているだけのものも多いのではないかと思います。また、伝統的な24式太極拳とかいうキテレツな謳い文句を掲げる武館すらも存在しますが、たしかに伝統拳である楊式太極拳を簡易化して制定されたのだから、それを伝統的と言っているなら矛盾はないということなのかもしれません。
最後に、日本の太極拳は大半が健康太極拳と武術太極拳の二つに区分されておりますが、どちらも基礎になっているのは制定拳であり、伝統拳との繋がりはありません。(ああ、言い切ってしまった。。。)
日本でも陳式太極拳とか、孫式太極拳とかの看板を上げているところはありますが、そういったところで伝統拳を教えてくれる師と巡り会えるかどうかは、縁に頼るしかないのかなぁという気がします。実際、中国武術の最大の難関は、師を得るところにあるのではないかと私は考えています。
その上で、太極拳には2種類あり、一つは文革後に中国政府によって文化普及と健康促進のために制定された制定拳、もう一つには文革前から中国各地で武術として受け継がれてきた伝統拳とがあります。
制定拳の前に、太極拳はすでに多くの流派に分かれていましたが、有名な五派として、陳、楊、呉、武、孫の5式があります。制定拳とは主に楊式を基礎として、それまで習得が非常に難しいとされていた太極拳を簡単に誰にでもできるようなものに改修して、中国の文化の普及と国民の健康促進の目的に取り組まれたものですが、このプロジェクトは一度で終わったものではなく、最初に生まれた24式、そして36式、48式などの簡易太極拳のほかに、上記五派の簡易版もまた存在することになりました。
私が練習する孫式太極拳にも伝統拳としての型と、制定拳としての型があり、基本になる個別動作は見た目はほとんど同じですが、構成の仕方がことなります。
ここで、制定拳と伝統拳のどちらが本物かという議論は意味がないですし、誰もが自分の良いと信じるものを突き詰めればいいのだろうと思うのですが、私の個人的な見解では誰にでも簡単に出来る武術という発想と、それを信じることの出来る感覚は理解できないところでもあります。
おそらく、個別動作に魂がはいっていれば、それで制定拳の套路(型)をやっても本物になるのでしょうが、ネットであつめた伝統拳の套路を見よう見まねで練習してもそこに魂がなければ本物ではないでしょう。問題は、制定拳を教えてくれる先生に本物がいるのかどうかというところではないでしょうか?
さて、脱線しましたが、太極拳の発祥はなかば伝説と化しております。金庸の愛読者である私としては、少林寺から出た張三豊が武当山で開いたものという伝説が本当だったらいいなぁと思っていますが、諸説あって断定できません。伝説のなかに生まれた太極拳を祖とするならば、そこと陳家溝との繋がりが現在に伝わる太極拳のルーツになるのかもしれません。
最近、「太極」という香港映画がありましたが、これは楊式太極拳の開祖が、当時門外不出であった陳家溝に伝わる陳式太極拳の門を叩くことがメインプロットとなっています。内容は荒唐無稽ですが、楊露禅が陳家溝に学んだことは史実として伝わっていることであります。
残りの4派については、呉式のルーツが楊式で、武式のルーツはもう少し後代の陳式と言えます。そして、孫式のルーツとなると太極拳におけるそれは武式ということができます。
なぜ太極拳におけるという前提がつくのかというと、孫式太極拳の始祖である孫禄堂が太極拳を学んだ時、彼はすでに形意拳と八卦掌を習得しており、武式太極拳を伝承された後にこれら3つの拳法を一つに集約して再構成されたのが孫式太極拳ということになるからです。
昨今は陳式○派太極拳なんてのも出てきていますが、これは現在主流とされる五派のルーツが陳式だという感覚から看板に乗せているだけのものも多いのではないかと思います。また、伝統的な24式太極拳とかいうキテレツな謳い文句を掲げる武館すらも存在しますが、たしかに伝統拳である楊式太極拳を簡易化して制定されたのだから、それを伝統的と言っているなら矛盾はないということなのかもしれません。
最後に、日本の太極拳は大半が健康太極拳と武術太極拳の二つに区分されておりますが、どちらも基礎になっているのは制定拳であり、伝統拳との繋がりはありません。(ああ、言い切ってしまった。。。)
日本でも陳式太極拳とか、孫式太極拳とかの看板を上げているところはありますが、そういったところで伝統拳を教えてくれる師と巡り会えるかどうかは、縁に頼るしかないのかなぁという気がします。実際、中国武術の最大の難関は、師を得るところにあるのではないかと私は考えています。
日本人が中国拳法と聞いて思い浮かべるのはジャッキー・チェンかブルース・リー、ちょっと好きものでジェット・リーってところが武闘系で、そういうアクション映画に興味のない方が思い浮かべるのは公園で行われる健康体操の太極拳くらいが関の山だろうと思います。
私の場合はもうちょっとマイナーなところですが、以外と影響を受けた人の多い「拳児」という松田隆智先生原作のコミックスが原点で、八極拳にあこがれて滄州を訪れたりもしました。
結局、これがきっかけで中国と関わって長くなりますが、肝心の八極拳には辿り着かず、中国拳法に入門することもなく、武術とは縁遠い生活を送っていましたが、数年前に中国に駐在することになり、いろんな縁があって最近ようやく中国拳法を正式に学び始めました。
ただ、私が習っているのは八極拳でも詠春拳でも少林拳でもなくて、多くの流派を派生している太極拳の一つ、孫式太極拳であり、形意拳と八卦掌を含めた門派として孫家拳とも言われているものです。
中国拳法というのは本来は門外不出のものが多く、容易に人に伝えることが禁忌とされる保守的な武術文化の世界にあり、中国が経験した文革の際にもアンダーグランドにもぐって継承されてきたという歴史があります。
中国で現在は開放され、体育大学や、街の武術教室などでも多くのレッスンが行われているというのは多くは文革後に政府によって制定された「制定拳」や、伝統拳と名乗っていても表面的なものが中心で、いまに至ってうかつに外部に喧伝するようなうかつなことをする人に、本物がいることは稀であります。
そんなわけで、せっかく始めたから久しぶりにブログでも開設しようかと思ったところ、FBなど目立つところを避け、ながらくIDを放置していたアメブロのブログを新装開店することにしました。
私の場合はもうちょっとマイナーなところですが、以外と影響を受けた人の多い「拳児」という松田隆智先生原作のコミックスが原点で、八極拳にあこがれて滄州を訪れたりもしました。
結局、これがきっかけで中国と関わって長くなりますが、肝心の八極拳には辿り着かず、中国拳法に入門することもなく、武術とは縁遠い生活を送っていましたが、数年前に中国に駐在することになり、いろんな縁があって最近ようやく中国拳法を正式に学び始めました。
ただ、私が習っているのは八極拳でも詠春拳でも少林拳でもなくて、多くの流派を派生している太極拳の一つ、孫式太極拳であり、形意拳と八卦掌を含めた門派として孫家拳とも言われているものです。
中国拳法というのは本来は門外不出のものが多く、容易に人に伝えることが禁忌とされる保守的な武術文化の世界にあり、中国が経験した文革の際にもアンダーグランドにもぐって継承されてきたという歴史があります。
中国で現在は開放され、体育大学や、街の武術教室などでも多くのレッスンが行われているというのは多くは文革後に政府によって制定された「制定拳」や、伝統拳と名乗っていても表面的なものが中心で、いまに至ってうかつに外部に喧伝するようなうかつなことをする人に、本物がいることは稀であります。
そんなわけで、せっかく始めたから久しぶりにブログでも開設しようかと思ったところ、FBなど目立つところを避け、ながらくIDを放置していたアメブロのブログを新装開店することにしました。