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孫家拳道

八極拳にあこがれてましたが、縁あって孫家拳に入門し、世界のみんなと仲良くなるための拳法を極めたいと思ってます。

中国に留学している日本人学生が、日中友好から中国語を修める自身の将来を自力で切り開こうと企画して、協賛を集めて、授業の終わった夜に企業の経営者などを訪問して、会場から店舗まで奔走してきた夏祭りの企画が、当局からの指示で中止になったのだそうです。

北京市からも協賛するとでも言ってみせれば、訪中団に愛想笑い振りまく数万倍もの効果があると思うのですけど、自分がそうだからトップダウンしか考えにないのでしょうね。

中国武術でも日本の合気道などでも、およそ小柄で力がありそうに見えない人が、ムキムキマッチョなボディビルダーをころりとひっくり返せるのは、整頓力なんてものがあるからだそうです。

手首でも肘でも肩でもなく、体幹や腰、太腿、膝、足先まで伝導シャフトですべての力が集約されるから、足し算すれば大きな力になるわけで、もちろんほかにもいろいろ技術はあるんですけどテーマがそれるからやめときます。

ともあれ、武術において打ち出した手だけが大事なのではなく、特に私の習う門派では八方への力の広がりが重視されるわけで、全身が協調できていないことを「散ってる」と言います。

中国は安部首相ともにこやかな笑顔で習大大が首脳会談を成立させました。また、2012年の7月以降ずっと日本の映画が一本も放映されていなかったのが、5月末に3日前の告知で急にドラえもんが放映されました。さらには、3000人もの日中友好を夢見がちな訪問団にはこれまた習大大みずから満面の笑顔で迎えられました。

それと同時に7月からは反日行事が目白押しです。彼らは抗日行事といいますが、私らにすれば現に日本が喧嘩売ってるわけでないから、抗っているのではなくて、反日なだけですよね。抗日戦争という言い方をすることには異存ありませんけど、9月3日の抗日戦争勝利記念日70周年ってのはもはや意味がわかりません。今年はじめて祝日に指定されました。記念日に指定されたのは去年で、勝利した日から69年を経て初めてです。10周年も50周年もなく突然の70周年です。

そういえば、昨年7月は盧溝橋事件の初めての77周年なんてのもありましたかねwww

これから秋にかけて、いろいろ抗日活動に忙しいのですけど、見えない日本の攻撃に抗ってる場合ですかね。もうちょっと地に足をつけて、実際の難局に対して抗って欲しいと思うものです。いまは抗っているふりをして見せてるだけですな。お船がひっくりかえって現場いりして「見せた」首相、いまさらですが、変わらないとだめですよ。

中国加油!とはいえ、いつでも消せるくらいの火加減で頑張って欲しいところですけど。


ぶっちゃけ、太極拳で健康になるには相当な練習量をこなした結果だろうと思うところ、しかも武術としての向上なしに健康だけを得るのは非常に困難だと思う次第です。

だいたい、太極拳をやっている人は24式とかの制定拳だろうが、各流派の伝統拳だろうが、あるいは各流派の表演楊套路だろうが、もしも套路(1人でやる型の練習)だけをやっている人は太極拳をやっているというよりは、太極拳の套路を練習しているというのが正しいように思います。ちなみに、こういう人は結構いるような気がしています。

究極的には套路の練習の中には、一つの動作でも内面的な力の流れや力点、作用点、伝達などが盛り込まれているのですけど、そういうものを理解するには套路の練習だけでは明らかに不足しており、他人の動きを見てその内面の流れを分かってしまうような師匠について学ぶ必要があります。

そして、それらを実感するには、空気を打っていてもそう理解できないわけで、他者との押し合い(推手)や、実際に打ったり、それを化勁で無効化したりという練習が必要になるわけですが、これも師匠がいないと往々にして分かったつもりで無様なおしくらまんじゅうや子供の喧嘩になってしまいます。

私はむかし柔道をしていた時、得意技は口車と肩透かしなんてうそぶいていましたが、太極拳の場合は肩透かしというのは極めて的を得た表現だと思うところで、フットワークでもフェイントでもなくて、ずるりと身体の内面だけで虚実を入れ替えて相手を翻弄する、そういう技術があります。

太極拳が身体にいいというのは、こういう身体の使い方ができていると各部を動かすのに力のロスがなく、意識が末端まで充足し、気脈が流れるということは五臓と経絡が通っているわけで、そういう状態では非常に病気になりにくいということが言えるし、そうすると肩こりや腰痛やぎっくり腰なんてものになる人も少なくなるということは言えます。

そんなレベルになるには毎日練習したって数年で実感し始めたら早いほうなんじゃないかと思うところ、いったいどれだけの人が太極拳を毎日数時間も練習できているのかって考えると、太極拳で健康になるのは簡単ではないですよね。

たまに、武術マスターになるのではなくて健康のためなんだから、毎日そこまで練習はしていないですなんて人がいますが、まぁプラシーボも健康にいいことではあるのでしょう。病は気からともいいますし。

私の場合は姿勢がよくなり、頻繁にやっていたぎっくり腰はここ数年なっていませんし、あと靴の減る場所が変わり、肩と首のコリがかなりマシになりました。健康になったのは間違いないので、健康になりたい人には胸をはってお勧めしますが、武術として練習する気のない人にはお勧めしにくいですね。

たぶん、体操として見るのならば、ほかにもっと良い体操とか、気功とかヨガとかいっぱいあると思いますし、その方が近道じゃないかとも思います。太極拳で健康になるのは、武術の習得の結果であって、考えてみれば戦後の共産党政府は健康のための誰でもできる簡易化太極拳なんて罪なものを作ったものだと思います。
いろんな技や型を覚えたって中身を伴わなければ役にたたない。
たった一つの中段突きだけでも、精髄をつかめればほかはなにもいらない。

まぁ、そういう高尚なことを表現するのに、形意拳の中段突きである崩拳の、しかも半歩しか踏み込まないような打ち方でも、世界の誰にも負けない人がいたって話です。

特に形意拳は拳法の母とか言われることもあり、「太極十年不出門、形意三年打死人」(太極拳練習者で10年未満なら人前でやるな、形意拳練習者で3年たったなら人前でやるなと言うような表現もまことしやかに言われています。

太極拳は10年かかってやっと戦えるが、形意拳は3年練習したら打てば人を殺してしまうから、いずれにしても人前でやるなって話ですが、太極拳は10年戦えないというのは、割りとまじめに太極拳をやってる人ならたいてい否定するような気がします。むしろ、太極拳の身体の使い方のほうが武術として腑に落ちることが多く、形意拳の崩拳で人を吹っ飛ばすとか、武術家が到達できるとは理解できますが、自分がそうなるイメージがまったく湧きません。

崩拳だけで世界を制するというのは、剣道の達人が自然な中段の構えから無造作にポイっと竹刀を置くように出してきたら、スパコーンと面とられたみたいな。。。昔やられましたけど、剣道一筋ン十年、私ら若造がぴょんぴょん飛び跳ねて相手を牽制するのに、お年寄りの踏み込みはそんなものを超越してた、それは剣理だったのだろうなぁと、中国拳法の拳理を垣間見たときに思いました。

わたしゃ、崩拳一つでいいんじゃなくて、いろいろ身についたら崩拳だけでよくなった、そういうことなんじゃないのかなぁとか思ったりします。

どうでしょうかね。