ひとり暮らしの風景、時々、マーケティング的映画論 -2ページ目

ひとり暮らしの風景、時々、マーケティング的映画論

東京一人生活の退屈な日常風景と、映画論なんておおげさでえらそうな話ではない、映画の感想を、日々淡々と…。

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この作品 、最新作をレンタルしておきながら、観ずに返そうかと思ったのです。冒頭、主人公の男性(グレン・ハンサード)が街角で歌っている(ストリートミュージシャンです)シーンから始まるのですが、今ひとつ惹かれるものがなく、地味なヨーロッパ映画を借りてきちゃったな、と思って後悔してしまったのです。


ところが結局最後まで観ました。確かにストーリーに何の技巧もありません。自主映画と言われても、そうかなと思えるほどの低予算感ありありです。シーンのほとんどはダブリンのロケと、男女それぞれの自宅。ロンドン、チェコという地名は、重要なキーワードですが、海外ロケ(アイルランドから見た場合の海外です)は一切ありません。筋書き同様、デモテープを制作するレコーディングスタジオの使用料が、ロケ的にも一番お金がかかったのではないでしょうか。


それでもなんとなくいいのです。うんと幸福そうでも不幸そうでも、リッチな感じも貧しい感じもしない、でも落ち着いた大人の街・ダブリンの風景の中で、不器用な普通の男と女が、音楽の才能に静かに惹かれあっていく様子がいいのです。不器用だけど、子どもっぽくなくて、でも小賢しい大人でもなくて、こんな感じで人と人とがかかわれればいいな、と思えるのです。


アイルランドはここ十数年で急速に経済力をつけて、それまで移民をどちらかといえば出していた国だったのが、受け入れる国になっています。この物語の女性主人公(マルケタ・イルグロヴァ)もチェコからの移民で、花売りをしながら生活しています。男性はアイルランドの人ですが、メジャーなミュージシャンを目指すというと、ロンドンに行くという発想になります。昔の恋人がロンドンにいるということもあるのかもしれませんが、ダブリンという街の微妙で地味なポジションが垣間見えます。移民問題やアイルランドの国柄は、この映画の本筋ではないのですが、そういう事情が落とす微妙な影が、作品全体に単なる素朴なラブストーリーにとどまらない深みを与えているのです。


そして何よりも、この作品の大切なエッセンスである音楽ですが、これが素晴らしい。ヨーロッパ、特に北欧の歌曲はどうしてこれほどまで心に響くのでしょうか。音楽もまた決して技巧的でもなければ、激しく感情を揺さぶるというほどでもない。普通の男と女を描いたラブソングなのですが…。サントラがほしいです。

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美しいタイトルで公開当時から観たかったのですが、見逃し、DVDを待ちました。でもセットするまでは不安でした。結局退屈して、途中でやめてしまうのではないかと。
何しろ、突然の脳梗塞で全身が麻痺し、片方の視力と脳と聴力以外を失った実在の人(ELLE誌編集長だったジャン=ドミニク・ボビー )の話ですから、ワクワクする楽しい話やミステリアスな話であるはずはありません。

ところが約2時間、画面に釘付けになりました。父親と電話で会話するシーンでは涙がこぼれました。


彼はフランス版ELLE誌編集長で、結婚はしていませんが、子どもが3人いる42歳。未婚の親は、フランスでは珍しくないのでしょうが、自由である種の成功者であることはまちがいありません。そしてかっこいい。もちろん映画は俳優(マチュー・アマルリック)が演じていますから、いい男には違いありませんが、実在の人もきっとかっこよかったのだと思います。そんな彼が突然倒れ、3週間後に意識を取り戻した時には、ほとんどの機能が動かなくなっているわけです。それでも記憶と想像力は残っています。動かない体と比べて、あまりにも鮮明な脳であることが切なくも衝撃的です。最初は絶望し、死を渇望しますが、訪れる見舞い客、家族、そして献身的な言語療法士や彼が書こうとする自伝を筆記する女性編集者たちの愛情と使命に支えられ、彼は静かに生き抜くのです。


片方の目のまばたきだけで会話をし、本を綴る。人間の潜在力の素晴らしさ。でも何より、倒れるまでの過去にどう生きたかが、その後の人生も決めるのだということが身につまされます。彼は成功者だったかもしれませんが、本人にとっては後悔の思い、やり残してきたことが山ほどあったようです。誰でもそうでしょう。でも過去の彼を愛し、身体機能の多くを失った彼の現実を、健康だったとき以上に愛する人の存在はとても大きいと感じました。もし私が同じ目に遭ったとき、そういう人が何人いるだろうか、何よりも愛する人がこういうことになったときに、どんな形で愛することができるのか、そんなことも感じさせます。


映像もとても美しく、映画館のスクリーンで観てもよかったと思える秀作です。

今朝(10日)の日経新聞に出ていましたが、今の若い、特に男性に海外旅行をする人が減っているらしいです。私が若い頃もだいたい女性の方がさかんに海外に出ていました。男性は仕事で休みが取りにくかったり、ある程度の年齢になると、男同士でパリでお買物っていうのも何だかなぁ~って感じもあり、よほどの趣味人か、一緒に行く彼女がいないと、遊びに海外って行きにくかったような気がします。車やメカ系のものにお金を遣う人も多かったし…。


でも今の男の子の海外に行かない理由は、ちょっとがっかり、を通り越して、不安になります。経済的な要因はまだしも「関心がない」「言葉が通じないのが不安」「治安や感染症が心配」って…。目的もなく、むやみに治安や感染症の心配がある所に行く必要はないですが、日本や超先進国以外はどこも心配じゃ、ある意味引きこもりです。言葉は通じなくて当たり前だし、外に関心がないっていうのも、ちょっと情けない。もしかして、イラクとイランの区別がつかないのは、こういう人ではないかと思うのです。インターネットで、世界の情報が近くなって、リアルに体験することから遠ざかって、視野が狭くなっているとしたら皮肉です。


私は若い頃、1ヶ月くらいホテルも行き当たりばったりの旅行をしました。二十歳そこそこで陸路、米国からカナダへ。たどり着いた街は完全なるフランス語圏ということも(知らずに行ったし、両替もしていかなかった)。モントリオールやケベックのような観光地はともかく、東部の田舎町で英語は通じません。でも旅行はできるのです。どんな小さなホテルでも、フロントで部屋は空いていないかと聞けば、それが何語であっても、泊めてくれるし、お金は銀行に行けば両替してくれます。街角でも困っていれば、声をかけて、親切にしてくれる人はいます。西側の先進国ではそれくらい冒険でも無謀でもなんでもなく、誰でもできることです。都市部なら、いざとなれば日本人にもすぐ出会えます。


若い頃のこんな時間はかけがえがなく、今でも時間があれば少し違った形で、やっぱり外国に行きたいと思いますが、現実的には仕事や日常生活を放り出すわけにいかず、かないません。リアルな体験を通じて、私たちはどこの国に住んでいる人も同じ人間であることを実感するし、言葉が通じなくても豊かなコミュニケーションはできるということを実感できます(言葉は通じるに越したことはありませんが)。そして日本の良さを改めて見直すこともできると思います。


何に関心があってもいいし、海外に行こうが行くまいが自由ですが、せっかく移動の自由でコストも比較的かからない時代に生まれたわけで、好奇心や冒険心を持たないのはもったいないと思います。海外旅行が自由化され、誰でも渡航可能な価格になったのは、ほんのここ20~30年のことです。

  

映画やドラマのことばかりを書いていますが、実はスポーツも好きです。毎週テニスをしていますし、観るのは野球、バレーボール、フィギュアスケート…サッカーはイマイチよくわからないところが時代とズレている気もしますが、趣味は自由なので、いまやオヤジのスポーツ化したプロ野球を楽しみにしています。ブログで話題にしないのは、特に書くほどの知識も感想も持ちにくいからですが、最近の阪神タイガース の活躍には思うところがあります。タイガースファンであることで、欲目があることを前提に、ですが、今のあのチームの姿は、ビジネスにも参考になる部分があると思うのです。


もともとタイガースはお家騒動ばかりのダメな「会社」でした。当然業績(勝ち星)もあがりません。でも今でこそ、野球界でもJリーグに刺激され、声高にいわれて成功している「地域密着」を昔から実現し、お客様(ファン)の支持とロイヤリティ(忠誠心)だけは群を抜いていました。しかし以前は阪神が本拠地とする関西は、一地方ではなく、首都圏に対抗できる経済圏だったため、球団数が今より多かったのです。従って、今ほど地域密着型のイメージはつよくありませんでした。東のジャイアンツ対西のタイガースという構図だったのです。


ところが震災などを経て、大阪を中心に関西の経済力と首都圏の差が開き、首都圏のプロ野球人気が希薄になる中、関西における阪神への執着心は深くなりました。なぜなのか、首都圏は豊かさの結果の一つのベクトルとして、市民のエンターテインメントへの興味が細分化します。東京のジャイアンツ の高額年俸の若いスター選手は、より広い世界(野球の場合はMLB)を目指します。巨人という球団が野球エリートを学生に対するような規則で縛ることも原因の一つでしょう。髭を剃れとか、長髪・茶髪にするなとか、公務員化してしまい、他の球団を知っている中途採用の人たちの多くは、萎縮してしまうのではないでしょうか。


でもわが町のタイガースを実現している関西の球団は、その最大の資産である絶大な人気を軸に、西側やパ・リーグの人気イマイチ球団から、実力はトップレベルだけど目立たない選手を引き抜きます。新井選手はJAPANでの活躍で全国区になりましたが、金本選手も、下柳選手も前の球団にいたときには、今ほど有名ではなかったと思います。しかも中堅から定年寸前の選手ですから、そう簡単に外国に行きたいなどと言い出しませんし、MLBも注目しません。しかも新井さんのように、先輩が球団を移る際の精神的支柱になるといった、昔の日本の人事制度の利点そのままの人間関係が生きています。


個人のスター性や前職の経歴(企業的には資格や学歴、前職の企業ブランド)を重視し、高い待遇をもってむやみやたらに迎え入れることが必ずしも好結果につながっていないことは、今のジャイアンツが物語っています。働くモチベーションとして、もちろん給料の高さも重要な要素です。でもそれ以上にお金では買えないモチベーションや、仕事ができる環境(スタメンでいつも活躍できる)がなければ、本当に心身ともに優れた人材は生かせないのではないでしょうか。一流の選手を格下選手が追いつくべく頑張るのはいいですが、一流同士の競争は、度を越すと潰しあいになります。


それとプロ野球ファンそのものが高齢化しているので、定年間近選手の活躍には格別のシンパシーがあるのでしょう。

フジテレビに続いてTBSでも医療ドラマが始まりました。日曜日21時の「Tomorrow-陽はまたのぼる」 です。1回目だけ観て判断してはいけないかもしれませんが、連ドラは1回目が勝負なのもまた事実。正直、私的にはCXの圧勝といったところでしょうか。やはり「白い巨塔」(←これは別格か)「Dr. コトー診療所」「救命病棟24時 」「医龍」に続き、医療ドラマのフジテレビ健在といったところでしょうか。


脚本やテーマの地味さ以前に、簡単に言えば、演出にセンスがないのです。なぜいきなり地方の市民病院がセレブ御用達の儲け優先病院に転換されるのか、また、それを新任の米国(←確か)帰りの若い脳外科医(緒川たまき)が、患者たちが聞いているナースステーションで宣言するのか、主人公である竹野内豊さん演じる以前に医者だった公務員が、救急患者を助けるまではいいとして、そこにある無用に思わせぶりな「間」と演出。テーマはとてもいいし、現代社会の課題に取り組もうとしているのに、内容や演出がちくはぐすぎて、見るに堪えないものになってしまっています。


おそらく静岡県の熱海近辺の市と想定されている海沿いの町の市民病院という設定。赤字3億円を抱えた病院に、市役所を通じて送り込まれたのが経営再建を託された脳外科医。おそらく過去に医療ミスか何かをして、人を死なせてしまったことがトラウマになり、今はマジメが取柄の市役所職員になっているのが竹野内豊さんの役柄です。テーマがシリアスで現実的だからといって、ドラマである以上、何から何までリアリズムを追求するのは確かに無理があります。でも細部の演出やキャスティング、セリフの内容や発する場所には気遣ってほしいものです。それが医療というテーマを扱う最低限のマナーのような気がします。


大枠の設定にしても、赤字の地方病院を高額所得者を受け入れるものにするためには、高度医療を実現するか、あるいは高級ホスピスを指向する必要があります。そうして外部から患者さんを受け入れるわけです。海辺の古い観光地のような背景は正解です。しかし初期投資する資金はどうするのでしょうか。脳外科医が資金を調達するのでしょうか。仮に可能だとしても、それを有能な医師にさせる設定は、観る人に間違った医療感を持たせてしまいます。緒川たまきさん演じる脳外科医も、たくさんの正しいセリフを発しています。しかし善意の看護師役の菅野美穂さんや竹野内豊さんと対立させることで、視聴者の中でステレオタイプな良い医師像と悪い医師像を作ってしまうことになりかねません。病人を分け隔てなく、わが身を犠牲にして診てくれる医師が良い先生だと。今の医療の問題の多くは、患者側にもあるにもかかわらず、です。


さらに看護師長役の設定とエド・はるみさんというキャスティング。菅野美穂演じる看護師の母親の後輩という設定も、余計な気がしますし、毒も中立性も感じられません。本来重要な役柄でなければならないはずですが、手を抜いている感じがありありです。多分他の主要人物よりギャラも安いでしょうし…。