彼の死去の事実を確認してくださった焼鳥屋の大将とは、あれ以来、お店にも顔を出しているし、私が彼のことを話し出せば懐かしそうに言葉少なに応えてくれる。「美味い焼鳥をお前と共有したいんだよね。きっと楽しいよ」と、その焼鳥屋を紹介してくれたのも彼だった。


それから何度も何度も一緒に行って、本当に美味しくて楽しくて、素敵な時間だった。

彼の死去を確認するまで、その大将も彼と私が夫婦だと思っていたらしい。


彼が以前に行って美味しかったから私を連れて行きたかった店と、私が評判を調べて彼と一緒に行きたかった店が偶然にも一致して、二人で何度も行って常連になった鮨屋にも、先日、やっと彼の死去の報告とお礼を言いに行けた。


もう充分だよね。


焼鳥屋も鮨屋も大好きな店だから、これからも私は時々行くだろう、独りぼっちでも。もう彼のことを問われることもないし、私から彼と死別したことを話すこともないと思う。


私は同調を求めていない。

私は共感を求めていない。

私は理解して欲しいと思っていない。


知った風な彼の話をされるとか、驚かれていて泣き喚かれるなんざ、冗談じゃない!


だから、彼の話を声に出すのは封印する。


私が理解していればいいだけの話。

彼と私が愛し合った事実は、二人がわかっていればいいだけの話。


そうすれば、下世話な憶測に歪曲されることもなく、面白おかしく風潮されることもなく、あれこれと詮索されて汚されることもない。


だから封印しよう。