私は相談を受けることが多い。その大半が年下の若い子からの恋愛相談だ。私も50年の人生の中で、数多くの恋を経験している。
10代には10代の真剣な想いがあり、20代には20代の本気の想いもある。
30代以上にもなると、ちょっと生臭さも交じってしまうが、真剣で本気であることに変わりはない。
だから私は、若い子の恋心を馬鹿にしないし、無理な押しつけもしない。
恋は落ちるもの・・・
どんな形であれ、何歳になっても恋に落ちる可能性はあると思っている。
それは恋だから。
ある若い子は、失恋した時は相手が死んだと思って、辛い別れに折り合いをつけるんだと言っていた。また別の若い子は彼氏に振られて、これ以上の悲しみに耐えられないと、泣いて私に抱きついた。私は黙って泣かせてあげるしかできない。終わった恋の悲しみに、どんな慰めも励ましも野暮であることを、私自身、若い頃から経験しているからだ。
そんな中で、私の心が言っている・・・
あなたの彼は生きているじゃない
死別に比べたら、失恋なんて擦り傷だよ
恋なら何度でもできると思っている・・・恋ならね。
でも、愛は別だ。
恋は失っても、愛は失うことはない。愛している人を喪っても、愛まで消えることはない。
死んじまったら次の愛って折り合えないし、割り切れるもんでもない。
恋の漢字は心が剥き出しだ。だから、全力の喜怒哀楽でぶつかり合って消化できる。
だが愛は、心が真ん中にある。そこから動くことはなく、ぶつかり合うこともなく、そこに存在し続けている。時々は溢れたり、足りなくなったりもするが、終わることも消えることもない・・・私の場合は。
だから〝愛〟なのだ。
私は失恋して悲しんでいる人に言ってあげたい。
大丈夫だよ
きっと、また次の恋のチャンスはあるよ
だって恋だもん。