私の股下5cmの左内側にある古い1.5cmの裂傷の傷跡。
私の左脚の太腿から膝への広範囲にある古い熱傷の傷跡。
私の耳に今も鮮明に残る親から受けた罵倒と否定の言葉の数々。
これらが疼いてしまった。
〈ママとパパにいわれなくってもしっかりとじぶんからもっともっときょうよりかあしたはできるようにするから もうおねがい ゆるして ゆるしてください おねがいします〉
体重は12.2キロで栄養失調レベル。確認できただけでも、頭部に10カ所、胸腹部に6カ所、両腕には8カ所の暴行の痕があり、足裏には円形の変色が40カ所あった。それ以外にも内出血の痕も見受けられた。
子は親を選べない不幸と、そこから起きる最悪の悲劇の結果を、私は呪わずにいられない。
今、結愛ちゃんが安らかであることを祈ります。
現在、私が住んでいる地域にも子ども食堂があり、実家のある隣の区のあちこちにもあり、私に何かできることがないだろうか?と、結愛ちゃんの事件をきっかけにずっと考えていた。時々貼ってある募集の紙も、実は何ヶ月も前から気になっていた。
そして昨日から、来月に受ける試験が〝何か〟の近道なのかもしれないと感じ始めている。
子供がお腹いっぱいになって笑ってくれたら・・・
子供にとって厳しい日常の楽しみになってくれたら・・・
「お前の料理は最高だ。人を幸せにすることができるよ」と、生前、彼は何度も何度も褒めてくれた。
今後、彼以外の男に愛情を込めてワクワクしながら何か作ることはないと思う。それでも、子供の僅かな救いになるなら、私にも手伝えるかもしれない。彼が死去して間もない頃、その言葉を想い出して勝手に遺言に結びつけて受験を決めたけど、こういうことに繋がっているのかな?
彼の写真に向かって訊いてみたら、チャンドルの炎が大きく揺れた。彼のGo♪の指令を聴いた気がする。
少子化を騒いで問題視している中で、こうした悲劇のニュースが絶えないことを、私は理不尽に思えてならない。
確かに親も完璧ではないし、理想と現実のギャップに立ち行かないこともあるだろう。この子がいなければと悔しさや疎ましさを感じたり、こんなはずじゃなかったと怒りに震えることだってあるとは思う。
・・・ただ。
子供も人間なんです。
親の犠牲になるために生まれたんじゃないんです。
幼い子供は親より圧倒的に弱く、生きるも死ぬも親次第で、親が絶対の神なんです。
結愛ちゃんが今、何の心配もなく、何も怖くない世界で笑っていることを、心から願います。