あたしが飲まないもんだから、酒飲みの気持ちがわからなくて。こんなことになるなら、もっと面倒を見てあげれば良かったと後悔しています。
これは彼の家族の言葉。
私の尋常でない様子を心配して、彼の生死確認に尽力してくださった焼鳥屋の大将からの報告だ。大将は私に、彼のマンションを訪ねて部屋に上がり、お焼香した時の様子も、全て包み隠さず赤裸々に話してくれた。
私はその一語一句を、決して忘れることはない。
その時、私に言いづらそうだった大将の悲痛な顔も・・・だ。
家族は如何にも傷心の表情で、言い終わると絶妙なタイミングで目にハンカチを当てたが、涙は確認できず、憔悴しているようには一切見えなかったとも、私に教えてくれた。
この大将は元ホテルマンで相応の役職に就いていた経歴もあり、所謂、接客と人の見立てのエキスパートだ。そして、「ローズさん、私はお二人のことも察していましたし、私も男ですから○○さんのお気持ちもわかっていました。貴女だけで充分だったのではないでしょうか」と、私を気遣いながら目を潤ませていた。
彼の生死を確認すべく、私も可能な限りで動いていて、彼の得意先に嘘の口実で伺ったことがある。
その時は4月下旬で、「そうそう!今月の上旬だったかな。来週から数日入院するから仕入れの件は待っててって○○さんから電話があってね。それっきりだから困ってるのよね」と、仰っていた。
私の中で全てが繋がる。
彼から聞いていた家庭の様子と状態は本当だった。
彼は自宅のベランダが気に入っていて、仕事以外の大半をそこで過ごしていたらしい。珍しく電話があって話した時もベランダからで、寒いから部屋に入るように言っても、「部屋は心が凍える。ベランダは寒いけど、お前を想えば心はホカホカだから」と言っていた。そのベランダは、まるでアジアン・リゾートのコテージみたいに彼流にリフォームして、居心地が最高だと私に写真を送ってくれたこともある。
10月の国家試験の願書を取りに施設に向かう時、実家の近くで驚いた。今まで全く縁がない資格だから、そんな施設があることも全然知らなかったのだ。あの時、小高い場所にある学校の通学路沿いを歩くと、右手に彼のベランダを見下ろせることに気づいて、急に激しい動悸がして胸痛も起きた。それでも、サッとベランダを見ると何もなくスッキリと綺麗で、私は衝撃を受けてしゃがみ込んでしまった。今も実家に行く時には殴り込みたい衝動を抑えるために、彼のマンションが見えないようにかなりの遠回りをしている。
私の心の闇には悪鬼が棲んでいる。
普段は幼い子供の姿で、いろんな気持ちを押し殺したまま、膝を抱えていて動かない。
私はずっと誰にも気づかれないように厳重に閉じ込めて、今も宥めて賺して抑え込んでいる。その悪鬼が起きたら、私自身も制御不能だから。
それは、もう一人の私だ。
彼はその悪鬼・・・私の狂気も気づいていて、彼もまた闇を抱えていた。
誰も許さず、誰も信じず、何も夢見なかった私に光をくれた。
彼もまた、私との出逢いで希望が持てたらしい。
彼を喪って、再び闇の中にいる私はどうしたらいいのだろう。
悪鬼を解き放って、狂ってしまいたい衝動に覆われそうになる。
彼の月命日もあって、静かな時間を過ごしている今日のような日は、特に悪鬼が暴れまくりたくて疼いているのがわかる。私が悪鬼と化したところで、事実は変わらない。それでも、最後の最後まで彼の尊厳を無視して、今も猿芝居を続ける家族が許せないでいるのも確かだ。
穏やかな秋の陽気と裏腹に、今、私の中に狂気が渦巻いている。
強まる一方の絶望感と喪失感の中で、この狂気を認識することだけが正気を保てる術なのかもしれない。
I've got nothing to lose.