昨日は早々と仕事を終えて、昨日の朝まですっかり忘れていた10月上旬に迫る試験のための参考書と問題集を買った。今日になって改めて願書を確認すると、必要なものに鉛筆と消しゴムと書いてある。
今日はそれを買いに行って、その足で彼と私のお気に入りの鮨屋のある駅で降りてみた。そこは銀行の用で毎月必ず行く町で、銀行と鮨屋の距離も近い。彼が死んでから鮨屋に行ってみようとしたが、足が動かず断念したのが2回。それっきりになっていたが、今日は銀行に用もないのに行ってみた。
信号を渡って右に曲がって5分も歩けば、鮨屋の看板が見える。私は道路を挟んで向かい側の道を歩いた。すると徐々に動悸がして目眩がする。倒れないように注意しながら進むと、グサッと胸に衝撃を感じたと同時にギューッと激しい胸痛に襲われた。まるでトランポリンの上を歩いているみたいに足元が定まらないし、目が回って視界がユラユラと揺れる。私は倒れないようにガードレールに寄り掛かって、しゃがんだまま喘息の薬を吸引した。
それなのに、私は心臓が握り潰されるような激痛と窒息寸前の息苦しさに安心していた。
滅多に号泣することはなくなったが、それでも彼を喪った事実に体が反応していることに、ホッとしていた。
私は彼を愛している。
彼を喪ってから続く猛烈な寂しさと愛しさが、私の体にも浸透していたことが嬉しかった。
私は彼が抱える病気の苦痛に対して、代われるものなら代わってあげたいと思ったことはない。私は、彼の苦痛を半分背負って分かち合いたいと思っていた。彼を支えにして彼がいるから頑張れるのではなく、私が彼を支えたかったから今まで以上にもっともっと頑張れた。
彼はわかっていたのかな?
彼に伝わっていたのかな?
TERUさん、まだまだ愛し足りなかったよ。
TERUさん、まだだま尽くし足りなかったよ。
TERUさん、来月のあなたの誕生日にはお菓子を持って鮨屋に行って、ちゃんと話してお礼もするからね。
私は彼中毒。
私は彼依存。
私は彼鬱。
彼からメール返信が途絶えてから、ずっと彼がいない禁断症状が発症して、彼の死別が確定した時から、その症状は悪化している。
依存症に苦しむ人は、死ぬほどやめたくて死ぬほどやりたいとネットの記事にあったが、私は違う。
私は、死ぬほど彼が恋しくて死んでも変わらず彼を愛している。