本多劇場で上演中の、M&Oplaysプロデュース・倉持裕作・演出『帰れない男~慰留と斡旋の攻防~』を観てきました。

タイトルに惹かれてチケットをとりましたが、それにしても倉本裕さんの多作ぶりと作風の多彩さには感心します。

 

今作は『お勢』シリーズを思わせる大正または昭和初期ごろの、とある屋敷を舞台にした心理劇で、笑いや緊張感、謎を誘う台詞の中に、幻想文学ともいうようなムードが漂う作品でした。

 

以下、ネタバレありの感想ですので、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

 

 

 

 

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2024年4月14日(日)13時

本多劇場

作・演出 倉本裕

出演 林遣都 藤間爽子 柄本時生 新名基浩 佐藤直子 山崎一

 

 

 

 

 

 

 

 

 

馬に轢かれそうになった女(藤間爽子)を助けた小説家(林遣都)が、お礼にと女の住む屋敷に招かれます。

女の名は瑞恵ーみずえーと言い、小説家が帰ろうとするところを女中(佐藤直子)、書生(新名基浩)とともに引き留めます。

さらに帰宅したこの家の主人である瑞恵の夫(山崎一)からも引き留められた小説家は、やがて帰ることができなくなり…

 

小説家自身も自分の妻との関係に傷をもっていて家に帰りづらいという事情もあり、その屋敷の一室で小説を書き始めるんですが、

 

若い妻をあえて小説家に接近させ、そのスリルを共有することで妻との関係を保とうとする主人の倒錯的な嗜好と、

それに応じる瑞恵の妖しい魅力に惑わされつつも、

 

小説家自身も夫の意図を知りながら共犯的関係を結ぼうとしているようにも思えたのは、作家という性のなせる業なのか

 

やがて、

瑞恵と夫と小説家、

小説家の妻と小説家と小説家の妻に横恋慕している友人(柄本時生)

また、舞台上には登場しませんが小説家が世話になったクボさんという人物と小説家の妻と小説家、という

男二人に女一人という関係が浮かび上がり、

 

翻弄されているのは女なのか男たちなのか、あいまいになっていく中、

 

作家の友人は妻の待つ家に帰るようにと言いますが、それにはなかなか応じなかった小説家も、ついに屋敷から出て行ったと思ったら、実は屋敷の中に隠れていたり、

 

屋敷を出て行ったかと思われた瑞恵もまた、屋敷の中にいた、というところは意外でもあり、自分の抱える問題を保留にし、その中に自分自身を慰留しているようにも思えました。

 

そんな二人が嵐の中で抱き合う場面があって(美しかった)、ついに二人は結ばれてここから出て行くのかしらと思いきや、そうではなく、場面は半年後に飛び、久しぶりに小説家が訪ねてきます。

 

あの嵐の後、二人はどうなったのかは定かではありませんが、小説家の妻は、友人と結婚することになった様子。

 

この屋敷で執筆した小説が出版された祝いの席を瑞恵の夫が催すことになりますが、瑞恵の言葉に小説家は苛立ち、

最後、夫がある行動に出て、ここは岩松了さんの作風が思いおこされました。

 

何が夫の行動のトリガーになったのか、

あるいは夫は最初からそうするつもりだったのか、明確にはわかりませんでしたが、前妻を失くした後、カフェの女給をしていた瑞恵をめとった夫も、前妻が死んだ後は虚無と虚飾の人生だったことが伺われ、そういう意味では当然の帰結だったようにも思われました。

 

今回、二列目センターという席だったので、俳優さん達の表情がとてもよく見えたんですが、

 

小説家を演じた林遣都さんの大きな瞳がとても印象的で、瑞恵に翻弄される想いと傷心と怒りと複雑な個性が宿っている瞳に吸い込まれるように見入ってしまいました。

安易に観客の理解を促さない、センシティブな演技がとてもよかったです。

 

瑞恵を演じた藤間爽子さんは、悪女のようでもあり、無邪気な女性のようでもある謎めいたところと、退廃さも感じさせつつ可愛らしさもあって、魅力的でした。

そして、所作が美しかった。といっても、その中に上流階級の女性ではないと思わせる動きやどこか投げやりな部分を感じさせたのも瑞恵という人物らしさを体現していたと思います。

 

夫を演じた山崎一さんは、いかにも倒錯的な夫という演技ではなく、本心では瑞恵を蔑みつつ、瑞恵の若さにコンプレックスと恐れを抱いてもいるのだろうなと想像させつつも如才ない態度をとっているというアプローチで、私は年老いた夫に憐憫の気持ちもわきました。

 

小説家の友人を演じた柄本時生さんは、他の人物たちが腹のうちを明かさない言葉が多い中、ストレートに感情をぶつけるところがわかりやすく、観ていてホッとしたりもしました。

 

書生を演じた新名基浩さんの、ちょっと脱力したような感じに笑いを誘われましたし、

女中を演じた佐藤直子さんは、女中らしい所作の中に、前妻が死んだ後に変わってしまったこの家の主人のことを思いやっているであろう心情が伝わってきました。

 

舞台の奥の障子には、主人が夜な夜な招く客たちの宴が影絵で映し出され、幻想の世界にも思われましたし、

迷路だというこの屋敷の長い廊下のように、観客もこの人間模様の迷宮に入り込んで、迷ってみるのもいいかもしれません。