シアタートラムで上演された、横山拓也作・瀬戸山美咲演出『う蝕』を観てきました。

 

1月の後半には北村想作・寺十吾演出『シラの恋文』を観に行ったんですが、感想を書きそびれてしまい、久しぶりの更新になってしまいました。

『シラの恋人』では、はじめて舞台での草薙剛さんを拝見しましたが、静謐な空気感をまとった独特の存在感が印象的でした。

 

作品自体には、ちょっと混乱して、自分なりの落としどころがつかめなかった感じで、以前観た『奇蹟』でも消化しきれない感じがあったので、私は北村さんの作品とはマッチしないのかもしれません。

 

ただ、最後に草薙さん演じる余命いくばくもない主人公が従軍を決意したことが印象に残ったのと、(『魔の山』のオマージュなんですね)敵国を明らかにわかるように表現していた意図を知りたいな、と思いました。

 

2月の観劇は珍しく『う蝕』のみなので、空いた時間は断捨離に励んでいました(笑)

いろいろと処分しましたが、残ったのは、舞台のDVDや脚本、舞台中継を録画したディスク…やっぱり、演劇好きなんだなあ私、と改めて思った次第です。

 

と、前置きが長くなりましたが、『う蝕』

 

『う蝕』とは、虫歯のことですが、タイトルからして奇妙な感じ。

今回、iakuの横山拓也さんと、瀬戸山美咲さんのタッグ、ということに興味をそそられ、横山さんと不条理劇、という組み合わせも珍しいと思って、楽しみに出かけました。

 

冒頭から、不穏な気配が漂い、つかみどころがない会話が続きましたが、脚本の構成も巧みで、ところどころ笑いが起こるテンポ感は健在でしたし、瀬戸山さんの演出は横山さん特有の軽やかさを生かしつつ、明快さと力強さと誠実さがあって、胸に響きました。

また、それらを体現する俳優さん達の演技も見応えがありました。

 

以下、ネタバレありの感想ですので、これから地方公演が控えているおり、未見の方は自己判断のもと、お読みください!

 

 

 

 

 

 

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2024年2月27日(火)14時

シアタートラム

作・横山拓也

演出・瀬戸山美咲

出演 坂東龍汰 近藤公園 綱啓永 正名僕蔵 新納慎也 相島一之

 

 

 

 

 

 

劇場に入ると、舞台上は白い壁で覆われていて、さらに冒頭、轟音とともにその壁が両側に開いたのにびっくりしました。

そこに現れたのは「う蝕」に襲われ、あちこちが陥没した「コノ島」で、地中には多くの人が埋まっているという。

 

「う蝕」の原因や実態は明らかにはされませんでしたが、まるで虫歯のようにじわじわと地面が侵食され、地盤沈下が起こり、多くの犠牲が出ている中、歯科治療痕と遺体の照合を行い、身元確認をするために歯科医が派遣されます。

 

が、さらに二度目の「う蝕」が起こり、遺体安置所や避難所までが沈下してしまい、全島避難指示が出るんですが、数人の歯科医は「コノ島」に留まります。

 

「コノ島」に移住して歯科医院を開業している者(新納慎也)、かつて臨床実習の指導教官と実習生だった本土から来た二人の歯科医(近藤公園、坂東龍汰)、さらに後から派手な身なりの歯科医(綱啓永)も来ますが、

 

ともかく土砂を掘り起こす土木作業員が来てくれないと何もできない、と派遣を待っている中、役人を名乗る者(相島一之)が来るものの、作業員は来ないと言う。

 

さらに、白衣をまとった男(正名僕蔵)がやってきて、「この中に、ここにいるべきではない人間がまざっている」と言いますが、その男の正体もよくわからない。

 

彼らの会話も、どこか不穏で、違和感や謎に満ちていましたが、後半、その違和感の原因がわかり、「ここにいるべきではない人間」が誰なのかがわかりました。

 

歯科医達が「コノ島」に留まっている理由、役人の正体、白衣の男の正体、土木作業員が来ない理由等、謎が解けていくにつれて、生と死の境があいまいになっていきました。

 

残された者の後悔や懺悔などの切実な台詞のやりとりからは、最近起こった災害が連想され、もし私が被災者であったら、この作品を観ることは辛いだろうと思います。

 

実際、能登半島地震による被害を想起させるかもしれないことから、上演を逡巡したそうですが、今、上演に踏み切った覚悟と誠実さは伝わってきましたし、自然災害の多い国に生きている私だからこそ、心に響くものがありました。

 

二度と会えない人と、言葉を交わせること…生者と死者が出会えることは、舞台だからこそできる表現だと思いますし、鎮魂と、祈りと、生者の側にいる者のなすべきことと覚悟についてが描かれていたと思います。

 

いつもは身近な題材の作品が多い横山拓也さんですが、今回はイキウメの世界観が思いおこされたり、後半になって「そういうことか!」と合点がいくのは野田MAPのよう。

 

また、「う蝕」の原因が乱開発にあった可能性を示唆する台詞もあって、「う蝕」という言葉からは天変地異のみならず、政治のあり方によって、じわじわと生活や生命が侵食されていくことを連想したりしました。

 

明るく軽妙な台詞回しで演じた坂東龍汰さんがとても魅力的で、明るさの中の切実な演技に胸をうたれました。とても良かった。

 

近藤公園さんの途方にくれた様子も、その理由がわかると胸が詰まる思いがしましたし、

少し異質な存在感の綱啓永さんには救われたような気持ちにもなりました。

 

個性的で盤石の演技の正名僕蔵さんと相島一之さん、

新納慎也さんの苦悩と覚悟を示す演技も良かったです。

 

厳密にいうと不条理劇とはいえない気もしますが、横山拓也さんの新しい境地を、瀬戸山美咲さんの堅実な演出で味わうことができたひとときでした。